奥へ
坂手港の駐車場に戻った頃には。
空は淡く黄色に染まり始めていた。
碁石山という山岳霊場に続く道は。
醤油ソフトクリームを食べた。
角銀醤油の工場のそばから。
山へと伸びていた。
西龍寺の山道ほどではないけど。
特有のヘアピンカーブのような切り返しを何度も行った。
うっそうと繁る木々から漏れる。
まばらな光線を伴って。
上りきった坂道の果て。
少し開けた駐車場らしき空間に出た。
そこには。
白の軽トラックと。
黒いステーションワゴンが止まっていた。
車から降りると。
少しヒヤリとした空気が。
肌を包んで。
私は。
カーディガンを羽織った。
「この先ですかね」
けんくんが。
指差した坂道の先に。
鐘突堂が見えた。
右手の山側には。
何十体ものお地蔵さんが。
整然と並んでいる。
「まずはお参りしてから、色々聞いてみよ」
緩やかな傾斜の坂道を上る。
「なんか、山ばかり上ってますね」
少し足取りが重そうなけんくん。
「そうだね。運転ありがとうね、けんくん」
「ああ、いえ、西龍寺でも、そうでしたが、帰りの下りのが怖いです」
「私、運転変わろうか?」
「いや、結構。まだ、死にたくないですから」
片手を突き出すけんくん。
むしろ。
口にした私自身。
同じ想い。
「だよね。私も。そっか、行きはよいよい、帰りは怖い。だね」
拍子をつけて歌ってみる。
「意味深な歌は、なしですよ。ゆうさん」
キョロキョロしだすけんくん。
坂道の上には。
鐘突堂の他に。
平屋の寺務所と。
大きな弘法大師の銅像があった。
その脇の岩肌に沿って。
上へと続く階段がある。
石段のそれは。
幅は人が一人。
すれ違うことができるくらい。
「なんか、秘密基地みたいですね」
「けんくんも、そういう遊びしてたの?」
「ええ。木の板とかで屋根だけの小屋とか作ったりしましたよ」
「本格的だね」
「そこで、歴史の本を読んでましたね」
「フフ。なんか、仙人みたいだね」
石段は途中で二手に分かれていた。
一つは岩肌を上っていくもの。
もう一つは。
岩肌に沿って下っていた。
「わぁ、きれいだね」
「ですね」
下る道の先には。
石造りの小さな鳥居があり。
その奥には。
内海湾が傾き始めた陽射しを受けて。
キラキラと水面を瞬かせていた。
「霊場。お寺なのに鳥居があるね」
「その昔、神社だった、つまりは奥の院の頃の名残りかもしれませんね」
「じゃあ、先に下ってる道行ってみよう」
「そうしましょう」
下った石段の先は。
洞窟だった。
線香や蝋の匂いの染み付いた空間には。
祭壇や銅像があり。
ここが本堂みたいだった。
「誰もいませんね」
「でも。洞窟ってこんなに都合良くあるものなの?」
「どうですかね。人力で掘った所もあるでしょうし、自然の物を活用したのもあるでしょうね」
「そっか」
「洞窟というよりは岩窟に近いですかね」
「どうする? さっきの分かれ道行ってみようか?」
「ですね」
お参りを済ませて。
もう一つの道。
岩肌の上へと続く。
細く幅のない。
頼りない石段。
けんくんが先に上っていく。
「ん?」
上りきった所で。
立ち止まるけんくん。
「けんくん、ちょっと前に行って」
「ああ、ごめんなさい」
「よいしょ」
「ゆうさん、誰かいます」
「ん?」
けんくんの肩越しに。
背伸びをして。
覗き見る。
右手は山の斜面。
左手は断崖の道の先に。
ワイシャツ姿の男性が。
こちらに背を向けて。
立っていた。
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