願
坂手神社を後にして。
来た道を戻りつつ。
坂手神社の奥の院を目指す。
港の駐車場へと続く道をやり過ごし。
商店街の外れ。
山の裾の斜面に沿って。
上へと伸びる坂道を上る、
左手の金網のフェンスの向こうに。
小さくなる町並みや。
徐々に広がる。
海や空。
山々が見える。
少し汗ばんできた肌と。
息切れを伴いながら。
私もけんくんも。
しばし。
無言だった。
坂道の終わり。
視野が開けた先は。
ブランコがあるだけの。
小さな公園だった。
「はあ。疲れたね」
私は両手で顔を扇ぐ。
「思った以上に高いですね。でも、景色はいいですよ」
額の汗を拭いながら。
けんくんは。
フェンスの向こうを指差した。
目の前に真っ直ぐ伸びる山々は……
頭の中で地図を思い浮かべる。
田浦半島。
半島の右手。
湖のような所が内海湾。
左手には坂手港。
そして。
瀬戸内海が柔らかな午後の光をたたえていた。
「休みますか?」
「ううん。奥の院行ってみよ。日が暮れちゃう前に、碁石山も行ってみたいし」
「そしたら……」
けんくんは辺りを見回した。
「あっちですね。行きましょう」
「はぁい」
けんくんの後を。
とことことついていく。
ブランコの背後。
林の中に伸びる道を進む。
土の匂いが濃くなって。
やがて。
苔をまとった石段と。
苔に覆われた鳥居をくぐる。
ちりん、ちりん……
季節外れの風鈴が。
出迎えた空間は。
木々に囲われ。
しっとりした空気が漂っていた。
ぽっかりと。
ここだけがひらけていて。
正面奥に木造の小さな社殿が。
ひっそりと佇んでいる。
社殿というよりは。
平屋の小屋のようにも見える。
ちりん、ちりん……
その軒先に吊るされた。
ガラス作りの風鈴が。
風を弾いていた。
社殿の背後。
空を覆うように。
枝葉を伸ばしたクスノキが。
まさに。
この一帯を。
守るように聳えていた。
まだらに差し込む陽射しがある分。
森の中だけど。
比較的明るい方だと想う。
そして――
空気が違う。
鳥居をくぐった辺りから。
そんな気はしている。
上手く言葉にならないけど。
清々しいというか。
瑞々しいというか。
緑に囲まれてると言えば。
それまでなんだけど……
「なんか、ひんやりするね」
「ええ。この感じ。西龍寺と同じじゃないですか?」
「確かに。厳かな雰囲気は似てるかも。なに? けんくん、霊感?」
「え? 急になんですか?」
けんくんは。
身震いをして。
キョロキョロする。
「そう言われたら……」
「なに?」
「誰かに見られてる気がしませんか?」
右に左に。
せわしく首を振るけんくん。
「え? 嫌だなぁ、けんくん、冗談やめてよ」
パシン。
思わず。
けんくんの腕を叩いていた。
「あ、これは失敬……」
腕をさすりながらも。
けんくんは。
周囲を気にする素振りを見せる。
私の中の。
いたずら悪魔が降臨。
「わっ!」
「ああっ!!」
サッと。
横に素早く飛んで。
私を睨むけんくん。
「もう、脅かさないで下さいよ」
「ごめん。でも、今の大声で、幽霊も逃げたかもよ」
「何を言ってるんですか? 行きますよ」
肩を払うよな仕草をして。
けんくんは。
歩き出す。
その動作が。
子供みたいで。
おかしくて。
私は唇を食んだ。
「でもさ、こういう空気感って、居心地がいいよね」
「ああ、確かに。まあ、神社仏閣自体が張っている、結界とかの影響もあるかもしれませんね」
「結界か。それって神社仏閣に限ったことじゃないよね? 町や村とか、家にだってあるでしょ?」
「さすがです。道祖神やお地蔵さんを村境に置いたり、家の生け垣や襖なんかも、結界の概念と捉えられますね……結界か……」
社殿の前で。
立ち止まり。
腕を組むけんくん。
じーっと。
その横顔を見つめてみる。
瞳は一点を捉えて動かない。
唇は真っ直ぐに結ばれている。
まさに。
思考モード。
けど。
すぐに。
ピクリと。
眉が動いて。
ゆっくりと。
こっちを向いた。
「ゆうさん、どうしました?」
膝が。
ガクッとなる私。
私じゃなくて。
けんくんでしょ?
「けんくんこそ、どうしました?」
けんくんの。
口真似をして返してみる。
「ん? それ真似ですか?」
「分かった?」
「ええ。地味に上手いのが、
絶妙で微妙です」
「神妙なる物言いなれど。奇妙奇天烈なり」
「ほう。これは、恐れ入谷の鬼子母神」
「ん? なにそれ?」
え?
と言う顔をしながら。
肩を落とすけんくん。
「いえ、お参りしましょうか」
「ふん」
ん?
うわぁ。
目の前の。
腰の高さほどの台の上に。
白木の賽銭箱が置かれていた。
実家にある救急箱よりも。
少し大きいくらいで。
なんとも。
かわいらしい。
お賽銭を入れて。
ご挨拶をして。
社殿をくるりと回り込む。
ん?
つんとする。
クスノキの匂いが鼻に触れた。
あれ?
これって。
あの女性の香水の匂いに。
似てる……?
「ゆうさん、どうしました?」
「ん? あの女性が付けていた。香水とクスノキの匂いが似てるかなって」
「ほう」
けんくんは。
鼻を吸う。
「ダメですね。やっぱり、嗅痴です」
「うーん。それは面白くないかな」
「ですよね」
約束の木と呼ばれるクスノキ。
太く大きな幹に。
注連縄が巻かれ。
また。
何本もの綱も巻きついて。
そこに。
たくさんの絵馬や短冊。
千羽鶴なんかも吊るされている。
「いや、こっちは、面白いですね」
「そだね。ちょっと賑やかだね。この木だけ」
「じゃあ、絵馬つけますか」
「うん。そうしよ」
私は。
一番低い位置にある綱に。
屈んで絵馬を結わい付けた。
願いが叶ったら。
奉じた絵馬を。
外さないといけないみたい。
でも。
私の願いは。
一つ。
だけど。
りょう。
という響きしか分からない。
記憶の中の想い出だけの人。
そんな。
あやふやな相手とのことでも。
いいのかな?
『りょうさんに、会えますように 里村柚葉』
ザザーッ、ザザーッ……
ざわめいた枝葉が。
ひやりとした風を引き連れて。
光を散らす。
カラカラ……
カサカサ……
願いや祈りを揺らしていった。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




