散歩の果て
坂手港の駐車場から。
背の低い町並みへと入る。
山と入江の狭間の町。
出歩いている人はまばらで。
小さな公園で子供たちが。
はしゃいでいるくらい。
陽射しは夏の残り香を。
抜ける風は秋の装いを醸し出している。
丁字路で右に曲がり。
町を横切る県道を。
後ろ手に組んで歩く。
道路沿いには。
シャッターの閉まった商店が。
軒を連ねている。
開店していたのは。
電気屋さんだけだった。
りょうさんのこと。
ちょっと足踏みしちゃったけど。
このまま調査を進めたら。
会えるかな。
なんて。
「空気がおいしいね」
「ええ。あっ。ここ左ですね」
「はぁい」
その中程で左へ。
山の方へと歩みを進めると。
すぐに。
石造りの鳥居が目に入ってきた。
階段を上り。
大きな鳥居の前で。
一礼をする。
町を見守るように。
山を背に斜面に鎮座する坂手神社。
木造の年季をまとった社殿。
そこへ向かって。
真っ直ぐ続く石畳。
右手に社務所があった。
境内は広くて横に長い。
背丈がまばらな木々に囲われた一帯を。
傾け始めた陽射しが。
淡く黄色に染め上げていた。
私たちは。
鳥居をくぐって。
左手にある手水舎でお清めをする。
柄杓の桶の銅色が。
たゆたう水面の揺らぐ光を。
キラキラと弾いていた。
「うわっ。冷たいですよ」
「ほんとだ。地下水なのかな?」
「かもしれませんね」
口をすすいだ水の味は。
かすかに。
しょっぱい気がした。
「これって海水?」
「海水ではないですよ。海に近いから、少しは流入してるかもしれませんけどね」
「ふーん。何でもよく知ってるね」
「まずは、お参りしましょう」
「ご挨拶も兼ねてね」
カラン、カラン。
鈴緒を揺らして。
お辞儀を2回。
パン、パン。
柏手を打つ。
頭を下げて。
手を合わせる。
心の中で。
語りかける。
「初めまして、里村柚葉です。お参りさせて頂きました」
そっと。
瞼を上げた。
「あそこで、話を聞きましょう」
ジャリジャリと。
玉砂利の中を進むけんくん。
その後をついていく。
木造平屋の社務所。
受付と張り紙がしてある窓ガラス。
その窓口に座っていたのは。
坊主頭の男性。
神社だけど。
お坊さん。
笑っちゃいけないと。
口を真一文字に結ぶ。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
男性のにこにこと微笑む顔が。
輪郭や雰囲気も相まって。
布袋様のように見えてしまう。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、水分神社と鰐神社についてご存じですか?」
「ん?」
顎を突き出した男性は。
きょとんとしていた。
「あ、いきなりすみません。僕たち大学で歴史を勉強していて、廃社になった神社を調べてまして」
「はいはい、そうですか、水分神社は……少々ややこしいんですが、今はこの神社の奥の院になっています。元々は裏の山にある。碁石山という山岳霊場が水分神社の奥の院でした」
「つまり。現在はこちらの奥の院である神社が、水分神社の本社で、その碁石山という霊場が奥の院だった」
「はい。そうですね」
「鰐神社はこの坂手の湾にある、亀島にありました。今も小さな祠が残っていますよ」
「なるほど」
「明治の御代に水分、鰐神社は廃された訳ですな」
「どうして廃社になったのでしょう?」
「ん?」
男性は私を見て首をかしげた。
私もつられて。
首をかしげる。
男性は顎を引いて。
含み笑う。
「まあ、早い話。お金と人ですかな」
「神社をお守りする人がいなくなって。維持するお金もなかったのですね」
「まあ、そういうとこですね」
「あのぉ、比知という名前に心当たりはありませんか? 比べるに知ると書くのですが」
「比知……? ですか? うーん。聞き覚えはないですな」
「では、護龍神社というのをご存知ありませんか?」
「ん? ごりょう神社ですか?」
「いえ、護衛の護に、龍神様の龍です」
「護龍神社? いや、存じ上げません。これも廃社になった神社なのですか?」
「あ、はい……」
回答が想定内と言えば。
そうではある。
けど。
社務所の中。
一面の壁には。
額に入れられた。
漁船や小さな船の写真が飾られている。
私はけんくんの上着の袖を引っ張った。
首を傾げて私を見つめるけんくんに。
視線を散らして訴えた。
眉を上げたけんくんは。
視線を泳がせ。
船の写真に気づいたみたい。
「あの、船の写真は何ですか?」
「ん? ああ、あれは当社で海上の安全祈願をした際のものですよ」
「ほう」
「車でもありますでしょ? 当社の御祭神であられる豊受姫様は海の女神さんでもおわしますからね」
「あのぉ、家船の方々とも関係があるのでしょうか?」
「ほう。お若いのに家船をご存じですか」
感心したのか。
微笑みながら。
何度もうなずく男性。
「私どもの社もそうですが、廃された二つの神社は海洋の守り神として、古くは家船の方々の信仰を集めていたと聞きます」
「僕たちも廃社を調べている過程で家船のことを知ったのです」
「そうですか、そうですか」
「お答えできる範囲で構わないのですが、家船の方々の末裔というと大袈裟かもしれませんが、今もおられるのでしょうか?」
「ええ、おりますとも」
「すごいなぁ、家船の存在を知って、どのような暮らしを営んでいたか興味を持ちまして。どなたかご教授してくれる方って、おられませんかね」
「どうでしょうな。もうその世代の人間はそれなりに年を重ねましたから」
どこまでも。
穏やかで。
微笑みを絶やさない男性。
でも。
やんわりと拒絶されたような気もする。
ちらりと見たけんくんと。
視線が重なって。
目尻を下げて。
瞳でため息をついた。
落ちた視界。
窓口の台の上に。
手のひらほどの絵馬が入った箱があった。
墨の手書きの案内が立てかけてある。
『あなたも。願いが叶うという約束の木に、願いや祈りを託してみませんか?』
絵馬の値段は200円。
「あの。この、約束の木って、何ですか?」
「ああ、それは奥の院にある。クスノキのことですな」
「けんくん。面白そうだから、これ買ってさ、奥の院と……奥の院に行こう!」
「ハハハ。ゆうさん忘れましたね。碁石山ですよ」
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