想定外!?
とろりとした水面の内海湾を右手に。
海岸線を走る車。
対向車も少なくて。
景色は見放題。
視線に入り込んだ。
ナビに映し出された地図。
内海湾の対岸に見える。
低い山々を擁する田浦半島が。
湾に蓋をしているように見える。
その半島の先端部分が。
僅かな海峡となって。
瀬戸内海へと通じていた。
「ゆうさん、窓開けてもいいですか?」
「さんせー!」
片手を挙げる私。
けんくんは。
運転席の窓を少し下げる。
サーっと。
迷い込んで来た。
涼やかな風が。
淡い潮の匂いを連れてくる。
「もし、寒かったら言って下さい」
「うん、大丈夫。そういうとこはいいんだよね、けんくん」
「ん? どういうとこが、ダメなんですかね?」
「ダメじゃないよ全然。窓開けるの正解だね。気持ちいい」
「ええ、まあ確かに……」
首を捻りながら。
ハンドルを持ち直すけんくん。
私は肩をすくめて。
一人微笑む。
ピコン。
私の腿の上に置いていた。
けんくんのスマホが鳴る。
手にして。
画面に視線を落とす。
「畑さんから、メールが来たよ」
「早いですね」
えーと。
これをタップして。
人のスマホは。
慣れない。
!?
「わっ。めっちゃ長そう」
「ゆうさん、読んでくれますか?」
「さすれば、読んでつかわそう」
「ははーっ」
ハンドルを握ったまま。
小さく頭を下げるけんくん。
なんか。
かわいらしくて。
微笑みがわく。
じゃあ。
お尻を浮かして。
座り直す。
背筋を伸ばして。
両手で持ったスマホの画面を見つめた。
『現在判明している事柄をお知らせいたします。
ただ、先方からの条件で、情報元の資料の名を伏せること、ご承知おき願います。
波多氏は、事代主の子孫で。
波多氏3代目に波多奥戸瀬なる人物がいます。
里村さんの家系図の最初の名前。
つまり、比知家の祖先。
比知奥戸瀬。
この名前が波多氏3代と同一になります。
そして、当代から。
波多氏の資料が途切れる。
25代緋守までの名が全て、比知氏の名前と重なること。
これを踏まえて、比知氏は波多氏と同義である可能性を見出だしています。
波多氏は、一般的に九州の松浦地方に流れを汲む、水軍の一族が有名ですが、この波多氏は全くの別系統という位置付けです。
当の波多氏は。
日御碕で事代主の御霊を安んじる役目を担っていたとされています。
家系図に記載されていた、護龍神社の御祭神の一柱。
五十鈴依媛は、事代主の娘ですから。
一族の鎮守を司っていたのかもしれません。
ご存知かと思いますが、五十鈴依媛は、第2代、綏靖天皇の皇后です。
姉である、媛蹈鞴五十鈴媛は、初代神武天皇の皇后であることを考えると、高貴な一族だということが一目瞭然です。
その一族が。
同地を離れ。
夕凪島に流れ着いた。
残念ながら。
夕凪島での事績は不明のままです。
最後に私なりの考察を認めます。
歴史は比喩や暗喩を用いて伝わることがあります。
その心は表立って伝えるには憚られることを後世に残すため。
一族の口伝やお伽噺、昔話の類いがそれですね。
御祭神が事代主なのは祖先ですから意味を為します。
総体的に様々な神社で祀られている。
アメノミナカヌシやワタツミノカミを除いて。
なぜ、五十鈴依媛だけなのでしょうか?
姉の姫踏鞴五十鈴媛命は、初代天皇の皇后です。
一族の足跡を鑑みた場合。
何らかの理由から。
本来祀るべき神を隠しているのではないか?
例えば、事代主の妃。
玉櫛媛。
母親がいないのは。
勝手な憶測ですが、どうもしっくりきません。
他に知られていないような。
人物がいるかもしれませんがね。
真実か否かは証明することは困難を極めますし。
さほど重要ではないのかもしれません。
連綿と続いてきたこと自体に、大きな意味があるのではないか、とも思います。
里村さん、葛城さんの歴史との対話が実りあるものなるように願っています。
当方からも何か分かりましたら。
また、ご連絡差し上げます。
畑正信』
「はぁ……」
「ゆうさん、ありがとう。すごいですね」
「うん」
まだ。
頭の中で。
散らばったパズルのようだけど。
一つの。
大きなピースを。
拾い上げたような気分でもある。
車のスピードが緩んで。
ぐらりと。
体が左に傾く。
「ん? 着いたの?」
「あ、いえ、違います。面白い物を見つけたので」
「面白い物?」
何かの工場のような。
黒塗りの建物。
その駐車場に車が止まる。
「ちょっと、待ってて下さい」
「え? なに、一緒に行く」
「じゃあ、行きますか」
「うん」
いそいそと。
シートベルトを外して。
ドアを開ける。
ん?
鼻をつく香ばしい匂いが。
空気の中に混ざっている。
とことこと。
けんくんに近寄りながら。
辺りを見回していると。
「ゆうさん、あれです」
「ん?」
けんくんが指差した先。
そよそよとはためく幟。
そこに記されていたのは。
醤油……
ソフトクリーム?
ああ。
醤油の匂いか。
ん?
「なに? 醤油ソフトクリームって」
「さあ、分かりません。でも、面白そう」
両手を擦り合わせて。
口の端を上げるけんくん。
醤油とソフトクリーム……
味の想像がつかない。
片やしょっぱい物。
片や甘い物。
「ゆうさんの今の顔も面白いですよ」
「はあ?」
パシン。
けんくんの腕をはたく私。
「あっ、これは失敬」
腕をさするけんくん。
「もう。これはけんくんの奢りだよ」
「ええ。はなからそのつもりでした」
悪びれない。
いつものけんくん。
お土産屋に併設された。
小さなソフトクリーム売り場。
その脇のベンチに座って。
手に持っている。
茶色いソフトクリームを見つめる。
ちらりと。
隣のけんくんの様子を伺うと。
恐れることなく。
大きな口で。
ぱくり。
「旨い!」
けんくんは。
満面の笑みで。
私を見る。
「あれ? どうしたんですか?」
「ん? なんでもないよ」
意を決して。
そっと。
一口。
食んでみる。
ん!?
キャラメル味だ!
「美味しい!」
「でしょ?」
したり顔のけんくん。
鼻根にシワを寄せて。
イーっと。
けんくんを睨んで。
ペロッと舌を出した。
でも。
なんでもかんでも。
思惑を越えることって。
あるよね。
口の中に広がる。
ひやりとした甘さを。
じっくりと味わう。
頭を使うから。
糖分補給は必要だし。
ん?
もしかして。
それを見越して?
ばくりと。
ソフトクリームをかじりながら。
隣のけんくんを。
ちら見する。
けんくんは。
満足気に微笑みながら。
ぺろぺろと。
ソフトクリームを舐めていた。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




