島を走る
中山地区から瀬田町へ戻る。
夕凪島の南部を横断する国道を左折する。
福田港から瀬田町へと向かう時に通った道。
昨日と打って変わった。
晴れやかな景色が。
次々に目に飛び込んでくる。
長く緩やかな。
直線の坂道を上りきって。
峠を越えたら。
前面に湖のような。
穏やかな水面をたたえる。
内海湾が見える。
家々の合間を右に左に。
弧を描く下り坂を。
車はゆっくりと下って行く。
「ん?」
運転席のけんくんは。
体を逸らして。
ズボンのポケットから。
スマホを出して。
私に差し出す。
「ゆうさん、持ってくれます? 誰からですか?」
「あ、えーと。畑さんから」
「出てもらっていいですか?」
「うん」
私は通話ボタンを押す。
「もしもし」
『もしもし、畑ですけど……あれ、間違えたかな』
「あ、けん……葛城くん、今、運転中でして、私、里村です」
『あ、なるほど。そうでしたか、そうでしたか』
「あの、何か分かったのでしょうか?」
『ええ。私の友人で弓削という者がおりまして、福田にある葦田八幡神社で宮司をしてるんですがね』
「はい」
『弓削の知り合いが、歴史関係の出版社を経営していましてね。『歴史の道』という雑誌なんですが、そこに、問い合わせてみたんです』
「あっ。『歴史の道』なら読んでます!」
『そうですか、ご存知でしたか。都市伝説まがいのことも、上手に伝えている。歴史の真を考える上で、貴重で興味深い雑誌ですね』
「私もそう想います。決められた、限られた資料の中での妄想は広がらないです」
『ハハハ、妄想とは、良い表現をしますね』
「あ、わざわざ、問い合わせまでして頂いてありがとうございます」
『いえいえ、構わんのです。私も好きでやってることですから』
「恐縮です」
『それで、面白い可能性が出てきました』
「面白い? 可能性……?」
『結論から言うと、里村さんのご先祖である比知氏は、はた氏と同義ではないかということです』
「え? 畑さんと関係があるのですか?」
『ん? ああ、私も畑ですが、畑違いですな』
「ん……? じゃあ、聖徳太子と近しかった、あの渡来系の秦氏ですか?」
『ああ、そっちの秦氏でもなくて、事代主が先祖の方ですね』
「え!? 事代主ですか? そんな氏族あるんですね」
『はい。波に多いと書いて、波多ですね』
「波に多いの、波多……」
指先で。
宙に文字を書いていた私。
『まあ、あくまでも可能性なんですが、少しでも早くお知らせしたくて、電話した次第でして、後程、まとめた物をメールします』
「ありがとうございます」
『いや、実に面白いですな。これで、また、島の謎が増えましたよ』
電話越しに笑っているのか。
朗らかな声の畑さん。
私は左手を。
腿とシートの間に挟む。
「あ、畑さん、あの、つかぬことを伺いますけど」
『ええ。何でしょう?』
「葛城くんの先輩、白戸さ、白戸亮さんが、畑さんを訪ねられた時、連れの女性っていらっしゃいましたか?」
『連れの? いや、お一人で見えましたが』
「そうですか……」
頬が緩んで。
肩が落ちる私。
『それが、何か?』
「いえ、本当にありがとうございます」
『こちらこそ楽しいことに誘って下さって、感謝してますよ。そしたら、失礼します』
ツー、ツー……
「あっ、目的地着くまで、スマホ持ってて下さい」
「あ、分かった」
「何か発見があったのですか?」
「うん。後でねメールで詳細を送ってくれるって」
「ほう。楽しみですね」
「うん。畑さんの友人が、私たちの愛読書。『歴史の道』の出版社の人と知り合いなんだって、そこに、聞いてくれたみたい」
「なるほど。期待してしまいますね。確かに、漏れ聞こえた単語だけでも、ゾクゾクしてますよ」
口の端を持ち上げるけんくん。
「ゾクゾクするの?」
私が後部座席を覗き込むと。
グラッと。
車体が揺らぐ。
「けんくん。気をつけて」
「え? いや、ゆうさんが急に後ろを気にするから……」
しきりに視線を。
ルームミラーに送るけんくん。
ふふふ。
こっちのゾクゾクは。
苦手なんだよね。
すまし顔で。
肩をすくめる私。
「彼のことも、何か聞けたのですか?」
「ううん。畑さんのとこには、亮さん一人で行ったみたい」
「なるほど。でも、さっきの素麺屋では、二人で行動してましたね。どういうことですかね」
「ああ……」
「ん? どうしました?」
「何でもないよ」
シートに凭れて。
口を尖らせた。
ソワソワな現実を。
想い出す。
「あ、畑さんからデータ来たら、見てもらってもいいですよ」
前を見たまま答えるけんくん。
「琉唯ちゃんからも出ていい?」
グラッと。
よろめく車体。
「ゆうさん……」
「あ、これは失敬」
ポリポリと。
こめかみをかく私。
「ゆうさん。それだけは、冗談では済みませんから……」
ハンドルを握りながら。
腰を浮かせて。
座り直しているけんくん。
「はあい」
琉唯ちゃん、
どんな子なんだろ。
お兄ちゃんが好き過ぎて。
まさか……
禁断の!?
けんくんは。
手の甲を。
額に添えていた。
あっ。
いつの間にか。
海岸線を走っていた。
フロントガラスの右斜め前方。
水面にいた鷺が一羽。
翼を広げる。
羽ばたきを重ねて。
軽やかに。
宙へと舞い上がる。
徐々に近づいて来て。
頭上を斜めに横切る。
助手席の窓ガラスの向こう。
少し赤みを帯びた。
山の方へと姿を消した。
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