目にしたもの。耳にしたもの。
車を降りると。
青い匂いの風が抜けて。
ロングスカートを波打たせた。
風の吹く方に。
目を細めながら。
顔を向けて。
手で髪を押さえる。
「あっ、けんくん……」
自然と指を差していた。
「どうしまし……おお、あれが夕凪島大観音ですか……」
私は黙ってうなずいていた。
車に乗ってる時は。
周りに気を取られていたから。
気づかなかったけど。
正面の方角。
山の緑と空の青に挟まれて。
こっちを向いて。
稜線の上に佇まれている。
私の指先くらいの大きさで。
「けっこう、距離あるのに、見えますね」
「うん」
どうだろ?
私は両手を伸ばして。
親指と人差し指で。
Lの字を作って。
カメラフレームのように。
その間に観音様を収めてみる。
大きさは変わらない気がするけど。
亮さんとチャットをしてた時。
画面越しの観音様は。
もう少し……
「駐車場に車はないみたいですし、宿泊客がいるのかも分かりませんね」
けんくんは。
建物の脇の駐車場に入って行く。
私も後を追う。
駐車場の奥は崖っぷち。
「この施設からも観音様は見えますね。一番端にあるお陰で」
「うん。でも、ちょっと、観音様の見え方が違うかも」
「ほう。なるほど。では、次に行きますか」
「うん」
そして。
やって来たのは。
『せせらぎの里』
名の由来になった伝法川の清流は。
少し離れた所にあるみたいで。
道路に面した入り口付近では聞こえない。
「昭和40年代に現在の建物に改築されたようですね」
スマホの画面を見ながら。
呟くけんくん。
2階建ての。
白と黒で施された外装。
県道沿いに門戸を広げる佇まいは。
さしずめ武家屋敷のような貫禄がある。
敷地は広そうで。
駐車場も大きい。
今は。
私たちの車と。
旅館のマイクロバスが一台止まっているだけだけど。
ちなみに。
観音様は。
県道からも。
正面の西の方角に見える。
「部屋から観音様が見えるかどうか確認しに、旅館の端の方に行ってみましょう」
「ふん」
旅館の向かいは。
住宅が立ち並んでいる。
歩道のない道路脇。
側溝にかぶしてある。
コンクリートの蓋の上を歩く。
コトン。
ボコン。
時折。
蓋が立てる音を連れて。
旅館の黒い木塀が途切れると。
畑が広がっていた。
「これなら……2階の部屋からなら見えそうですね」
「確かに」
右斜めから見える観音様。
私はまた。
伸ばした手で。
カメラフレームみたいにして。
その姿を収めてみる。
「うん。さっきより、こっちの方が似てるかも。見上げる感じになってるから」
「なるほど。この県道の先に、ゆるり夕凪の別の建物もありますから、彼が泊まっていた、もしくは現在も宿泊している施設はしぼれそうですね」
「うん。だけど、確かめられないんだよね」
「ですね」
建物の2階の窓。
人影はない。
それもそうだよね。
普通は。
私たちみたいに。
外出してるもんね。
ピピピッ。
頭上から降ってきた。
かわいらしい鳴き声。
見上げると電線に1羽。
白いお腹を見せながら。
小鳥が止まっていた。
「じゃあ、次のところに参りましょう」
「かしこまって候」
私たちは踵を返した。
旅館の入り口を通りすぎる時。
もう一度。
中の様子を伺ってみる。
両開きの自動ドアの向こう。
カウンターに。
着物姿の女性が1人いるだけ。
「ミャア……」
ん?
んん?
あっ!
「けんくん! 猫」
ドアの手前の石段に。
ゆらゆらと。
優雅に尻尾を振る。
白い猫。
「え? ああ、猫ですね」
「ミャア」
「そうじゃなくて!」
「は? 猫ですよ。鳴き声も見た目も。ええ。間違いない」
「違うの。そうじゃなくて」
「は?」
「あの、その、いたの猫が」
「はぁ。現にいますが、そこに」
「ちょっと、待って……」
両手を前に出す私。
ラジオ体操の深呼吸を。
一回。
二回と。
心を落ち着ける。
亮さんとのチャットの最中。
猫が鳴いた。
同じ猫か分からない。
分からないけど。
「ミャア」
あの。
甘えたような猫撫で声――
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




