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巡る世界の中で  作者: ぽんこつ


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36/48

目にしたもの。耳にしたもの。

車を降りると。

青い匂いの風が抜けて。

ロングスカートを波打たせた。

風の吹く方に。

目を細めながら。

顔を向けて。

手で髪を押さえる。

「あっ、けんくん……」

自然と指を差していた。

「どうしまし……おお、あれが夕凪島大観音ですか……」

私は黙ってうなずいていた。

車に乗ってる時は。

周りに気を取られていたから。

気づかなかったけど。

正面の方角。

山の緑と空の青に挟まれて。

こっちを向いて。

稜線の上に佇まれている。

私の指先くらいの大きさで。

「けっこう、距離あるのに、見えますね」

「うん」

どうだろ?

私は両手を伸ばして。

親指と人差し指で。

Lの字を作って。

カメラフレームのように。

その間に観音様を収めてみる。

大きさは変わらない気がするけど。

亮さんとチャットをしてた時。

画面越しの観音様は。

もう少し……

「駐車場に車はないみたいですし、宿泊客がいるのかも分かりませんね」

けんくんは。

建物の脇の駐車場に入って行く。

私も後を追う。

駐車場の奥は崖っぷち。

「この施設からも観音様は見えますね。一番端にあるお陰で」

「うん。でも、ちょっと、観音様の見え方が違うかも」

「ほう。なるほど。では、次に行きますか」

「うん」


そして。

やって来たのは。

『せせらぎの里』

名の由来になった伝法川の清流は。

少し離れた所にあるみたいで。

道路に面した入り口付近では聞こえない。

「昭和40年代に現在の建物に改築されたようですね」

スマホの画面を見ながら。

呟くけんくん。

2階建ての。

白と黒で施された外装。

県道沿いに門戸を広げる佇まいは。

さしずめ武家屋敷のような貫禄がある。

敷地は広そうで。

駐車場も大きい。

今は。

私たちの車と。

旅館のマイクロバスが一台止まっているだけだけど。


ちなみに。

観音様は。

県道からも。

正面の西の方角に見える。

「部屋から観音様が見えるかどうか確認しに、旅館の端の方に行ってみましょう」

「ふん」

旅館の向かいは。

住宅が立ち並んでいる。

歩道のない道路脇。

側溝にかぶしてある。

コンクリートの蓋の上を歩く。

コトン。

ボコン。

時折。

蓋が立てる音を連れて。


旅館の黒い木塀が途切れると。

畑が広がっていた。

「これなら……2階の部屋からなら見えそうですね」

「確かに」

右斜めから見える観音様。

私はまた。

伸ばした手で。

カメラフレームみたいにして。

その姿を収めてみる。

「うん。さっきより、こっちの方が似てるかも。見上げる感じになってるから」

「なるほど。この県道の先に、ゆるり夕凪の別の建物もありますから、彼が泊まっていた、もしくは現在も宿泊している施設はしぼれそうですね」

「うん。だけど、確かめられないんだよね」

「ですね」

建物の2階の窓。

人影はない。

それもそうだよね。

普通は。

私たちみたいに。

外出してるもんね。

ピピピッ。

頭上から降ってきた。

かわいらしい鳴き声。

見上げると電線に1羽。

白いお腹を見せながら。

小鳥が止まっていた。

「じゃあ、次のところに参りましょう」

「かしこまって候」

私たちは踵を返した。


旅館の入り口を通りすぎる時。

もう一度。

中の様子を伺ってみる。

両開きの自動ドアの向こう。

カウンターに。

着物姿の女性が1人いるだけ。

「ミャア……」

ん?

んん?

あっ!

「けんくん! 猫」

ドアの手前の石段に。

ゆらゆらと。

優雅に尻尾を振る。

白い猫。

「え? ああ、猫ですね」

「ミャア」

「そうじゃなくて!」

「は? 猫ですよ。鳴き声も見た目も。ええ。間違いない」

「違うの。そうじゃなくて」

「は?」

「あの、その、いたの猫が」

「はぁ。現にいますが、そこに」

「ちょっと、待って……」

両手を前に出す私。


ラジオ体操の深呼吸を。

一回。

二回と。

心を落ち着ける。

亮さんとのチャットの最中。

猫が鳴いた。

同じ猫か分からない。

分からないけど。

「ミャア」

あの。

甘えたような猫撫で声――


お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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