棚田の里へ
瀬田町から。
夕凪島大観音に向かっている。
『松寿庵』での会計の際。
香さんにそっくりな子が。
応対してくれて。
双子なのか訪ねてみたら。
「違いますけど、うちら昔から姉妹に間違われるんです」
関西訛りのような。
陽気な喋り方で。
「また、来て下さいね」
太陽のような。
笑顔を浮かべていた。
瀬田町から。
北上する県道を進んで。
峠を越えた先に。
中山地区と肥土山地区という盆地がある。
島なのに盆地があるのにも驚いたけど。
山間の雰囲気や稜線は。
田舎と似ていて。
懐かしい。
昨日。
雨と霧に隠れていた。
夕凪島の色彩が。
目を飽きさせない。
けんくんの運転も。
落ち着いてきている。
まあ。
道が空いているのもあるのかな。
ただでさえ少ない交通量が。
峠に差し掛かってから。
対向車と一台もすれ違ってない。
前も後ろも。
在るのは道路と山。
「ゆうさん。先に宿泊施設から寄って行きますね」
「はぁい」
「旅館のせせらぎの里と民泊施設のゆるり夕凪が中山地区。大観音は肥土山地区ですね」
「うん。けんくんさ、幽霊とか信じる人?」
グラッと揺らつく車。
「けんくん?」
「あ、いや、これは失敬」
「ん? もしかして、ダメな人?」
「ハハハハ。やだなぁ、ゆうさん。何を言ってるんですか?」
悲しくも。
空疎な響きの声。
「見たことあるの?」
「ありませんよ」
けんくんの視線が。
ちらちらと。
ルームミラーに送られる。
私が後部座席を覗き見ようとすると。
けんくんの肩が。
ぴくりと。
震えた。
ほっほお。
心の中でほくそ笑む。
けんくんの二つ目の弱点。
まさかの幽霊か。
「それで、信じてるの? けんくん?」
「幽霊ですか? うーん。世の中、科学が全てではないと想ってますから。これでも一応」
「ふーん。確かに、けんくんは、けんくんの眼で物事を見てるもんね」
「いや、それほどでもないですよ。ただ、何でもかんでも答えがある。そんなのつまらないですから」
「そだね。歴史はある意味、真実か事実か不透明なとこ、あるしね」
「なので、幽霊の存在は否定しない。そんな立ち位置ですかね」
「そっか。そうしたら、超能力とかは?」
「今度は超能力ですか? 一言で超能力と言っても色々ありますからね」
「確かに……」
「信じますよ」
「そっか……ん? えっ? 超能力は信じてるの?」
「ええ。僕の従姉の姉さんが共感覚の持ち主なんですよ」
「ん? なに? きょうかん、かく……?」
「共感と感覚で、共感覚、僕の従姉さんで言うなら。文字や数字を目にしたら、色が浮かぶというものです」
「色?」
「ええ。他にも音なんかに色が見えたり、人の名前や特定の単語を耳にしたり目にしたりしたときに、口の中に味がするような人もいるし、形や色に匂いを感じる人もいるようですよ」
「へぇ、面白いね。でも、大変そう。そっか、それも超能力といえばそうだね」
「あと……」
「あと?」
「人の心が読めるという人とかね」
「え?」
「まあ、そんなので、超能力とかは信じてますかね。でも、どうしたんですか? 急に?」
「ああ……」
香さんとの秘密は破る訳にはいかない。
ちらりと。
隣の様子を伺う。
けんくんは。
何の気なしに。
ハンドルを操作している。
「わっ」
運転席の窓ガラスの向こうに。
大きくはないけど。
ダムの壁のようなものがそそり立っていた。
「この伝法川の上流は蛍も飛び交うそうですよ」
「へぇ。水がきれいなんだね」
橋を渡ると。
道は左に逸れて。
伝法川を見下ろすように。
山の斜面を蛇行しながら進む。
なんだかんだで。
自然に話が逸れた。
でも。
人の心が読める人って。
けんくんの知り合いにいるのかな?
ん?
香さんも……
もしかして!?
「ゆるり夕凪の一軒は、この先の棚田の中腹みたいですね」
「はい」
県道から脇道に逸れて。
少し坂道を上る。
左側の斜面には。
稲刈りが終わった。
不規則な形の田んぼが。
段々に連なっていた。
県道を挟んで。
川の側まで広がっている。
右手の斜面も。
上の方まで棚田。
木々がないこの一帯だけ。
空間に広がりがある。
道がなだらかになって。
家々が姿を現し。
その間を進む。
少し体が前につんのめって。
車のスピードが緩む。
民家が軒を並べる。
その中の一つ。
一番端の道路脇に。
『ゆるり夕凪』の看板が目に入る。
木造平屋の古めかしい佇まい。
けんくんは。
車を端に寄せて止める。
「降りてみましょう」
「うん」
にわかに。
喉が乾いて。
ペットボトルの水を飲む。
ドク、ドク……
脈打つ鼓動が。
エンジンが切られた車内で。
私の体に響き渡っていた。




