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巡る世界の中で  作者: ぽんこつ


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33/49

おいしいのに。おしい!?

昨日。

ホテルの夕食で食べた素麺が。

あまりにも美味しくて。

こっそり調べていた私。

ホテルがある瀬田町に。

『松寿庵』という素麺屋さんを見つけた。

住宅街にひっそり佇む。

日本家屋のお店。

人気のようで。

私たちの前に。

お客さんが二組待っていた。


「大丈夫? けんくん」

「ええ。よく生きてここに着けたと。自分を労っている所です」

「確かに、あの坂道下るの怖かったよね」

「ええ。行きはよいよい、帰りは怖いを、地でいってる道でしたよ」

西龍寺へと続く勾配の山道。

一度。

切り返しで。

そのまま森へと。

突っ込みそうになった……

私が運転してたら……

ぶるぶるっと。

悪寒が走る。


グー……

けんくんのお腹が。

悲鳴をあげている。

「失敬……」

「私も、お腹ぺこぺこだから。気にしないでいいよ」

それもそのはず。

天ぷらかな。

香ばしい。

食欲をそそる匂いが。

この辺りに居座っている。


「お待たせしました」

声をかけてきたのは。

エプロン姿の女の子。

ミディアムボブがよく似合う。

かわいい子。

年は同じくらいか。

高校生くらいか。

ん?

目が合った瞬間。

その漆黒の瞳に。

吸い込まれそうに。

ううん。

私の心が――

見透かされているような。

気がした。


ん?

女の子は。

少しだけ首をかしげた。

でも。

すぐに。

笑顔をまとう。

「どうぞ」

片手で暖簾をあげて。

私たちを店内へと促した。


入り口そばの。

空いているテーブル席に腰かけた。

「ご注文が決まりましたら、呼んでください」

会釈をする女の子に。

「天ぷら定食二つで」

すかさず。

けんくんが注文してくれた。

予め。

お店のサイトを見て。

決めていたから。

「はい。少々お待ちください」

「お冷やになります」

入れ代わりでやって来た茶髪の女の子が。

グラスを置いて。

軽やかに去っていく。

うーん。

かわいいなぁ。


店内はこじんまりとしていて。

お客さんは。

観光客。

地元の人。

半分くらいずつ。

カウンターの向こう。

厨房では湯気が上がり。

数人のスタッフが。

調理に当たっている。

「へえ。俳優の津山勲つやま いさおや女優の杵築八雲きつき やくもも来てるみたいですよ」

「ん?」

けんくんは。

おしぼりで手を拭きながら。

私の背後を指差した。

振り返ると。

レジカウンターの奥の壁に。

額に入ったサイン色紙が飾られていた。

「いいなぁ、私も会ってみたい」

「ですね。津山さんは時代劇の大御所、杵築さんは新進気鋭だけど、時代劇に出ていますからね」

「うん。津山さんも八雲ちゃんも、立ち居振舞いがきれいなんだよね」

「まさにです」

パン!

けんくんは。

我が意を得たり。

と。

言わんばかりに。

手を叩いて。

親指を立てた。


「お待たせしました、天ぷら定食です」

料理を運んできたのは男の子。

私とけんくんの前にトレーを置く。

ん?

なんとなく。

川勝さんに目鼻立ちが似ている。

「旨そうですね、ゆうさん」

「ん? ああ、そうだね」

「しんいちろう!」

厨房から飛んできた陽気な声。

「はい! ごゆっくり」

名前を呼ばれた男の子は一礼して。

おっとり刀で。

厨房の中に入っていった。

しんいちろう?

川勝さんは。

京一郎。

兄弟?

とかかな?

けんくんも。

健一郎だけとね。


「いただきます」

けんくんは。

素麺を箸で摘まんでいた。

私も。

食べよ。

透明なガラスの器に盛り付けられた。

真っ白な細い糸のような素麺。

氷を添えられて。

光沢のある表面が。

涼やかに光っている。

「いただきます」

両手を合わせて箸を取った。

つまみあげた。

つるつるの素麺を。

めんつゆにつけて。

口に運ぶ。

「おいしい!」

「これ、お代わりできますね」

頬を膨らませて。

満足気に微笑むけんくん。


「ご馳走さま」

背後から聞こえた女性の声。

あれ?

素麺を口に咥えたまま。

首をひねる私。

「天ぷら定食二つで、1600円になります」

女の子の声は。

案内してくれた。

大きな漆黒の瞳の子。

がらがら……

扉の音がして。

人が出ていく気配。

「美味しかった、ありがとう」

ん?

この声……

「ありがとうございます」

つるるっ。

素麺をすすって振り返る。

女の子が。

入り口から半身を出して。

お辞儀をしていた。

「どうしました? ゆうさん」

「ん?」

私は。

ゆっくりと。

体勢を戻す。

「今いたお客さんって一人だった?」

「ん? いやカップルっぽっかったですよ」

「そう……女の人の声。昨日、エレベーターのとこですれ違った人かも」

「ん!?」

天ぷらにかぶりついたまま。

固まるけんくん。

「けんくん、ここにいて」

私は両手を突き出して。

椅子を引いて立ち上がる。


扉を閉めようとしていた女の子に。

「ごめんなさい」

声をかけて。

隙間から外へ出た。

道路には人影もなく。

お店の脇の駐車場にも。

人の気配はなかった。

口を尖らせて。

ため息ひとつ。


もし。

あの女性が言った。

りょうという名前が。

亮さん。

だったら。

店内にいたって。

ことになる。

よね……

えー!?

ニアミス!?

緩やかな風が。

そっと。

髪を揺らしていった。



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