信を得るためには。
本堂脇の階段を降りたら。
ちょうど。
ご住職と鉢合わせた。
「あ、あのご住職」
「何でしょう?」
「二三、お聞きしたいことがあるのですけど」
「構いませんよ。そうしたらこちらでうかがいましょう」
ご住職はすぐそばにあった。
小さな小屋に。
私たちを招き入れた。
灰皿やテーブルに長椅子がある。
四畳半ほどの空間。
私は背負っていたリュックを抱えて。
中から家系図の冊子を取り出した。
「あの、ご住職、これを見て頂きたいんですけど」
「これは?」
冊子に視線を落としたご住職。
「私の家の家系図なんです、ご住職は夕凪島の歴史に詳しいと、川勝京一郎さんに伺いまして」
「ほう。そうでしたか、京一郎くんの、お知り合いでしたか」
「はい。けんくん……あ、葛城くんの大学の先輩なんです」
「ふむ。なるほど。とりあえず、拝見しましょう」
ご住職は。
冊子を手に取ると。
両手で押し頂くように。
頭を下げる。
厳かな立ち居振舞いが。
美しかった。
けんくんは。
私を見て苦笑い。
私は肩をすくめて。
小首をかしげた。
かさかさと。
小屋のそばのクスノキが。
枝葉を優雅に震わせる。
その度に。
地面や岩肌の木漏れ日が。
ちらほらと揺らぐ。
甲高い鳥の囀りが流れて。
人工的な音のない世界に。
サッ。
ページをめくる音が。
ゆったりと時を刻んだ。
ご住職の視線が。
紙面をなぞるように上下する。
時折。
何かを確認するかのように。
ページを巻き戻したりされている。
にわかに背後から。
話し声が聞こえてきた。
振り返ると。
家族連れが歩いて来ていた。
バサッ。
冊子が閉じられる音がした。
「実に興味深いものですね。お返しします」
「あ、はい。ご住職、それで……」
私の声を遮るように。
ご住職は片手をかざした。
「少し、お時間ありますか?」
「えーと……」
私は隣に視線を投げる。
こくりとうなずくけんくん。
「はい」
「では、少しここでお待ち頂けますか?」
「分かりました」
私が返事をすると。
ご住職は軽く頭を下げて。
近づいて来た家族連れに声をかけた。
そして。
一緒に本堂へと続く階段を上って行かれた。
「ゆうさん、すごいです。話を聞けるかもしれません」
少し興奮気味の声のけんくん。
「ううん。ちょっとね閃いたの。ねえ、そこ座ろ」
私は長椅子を指差して。
リュックを抱えながら。
腰を下ろす。
「はぁ……」
自然と出た声。
考えてみたら。
ずっと歩いて。
立ちっぱなしだった。
「ゆうさん、それで何を閃いたの?」
けんくんは。
ミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。
相変わらず。
気が利く。
出来る子。
「ありがとう。うーんとね。けんくんが、言ったでしょ? ご住職は何か知ってるんじゃないかって」
「ええ。勘みたいなもんですけど」
私は両手に挟んだペットボトルを転がす。
「もし。知ってたとして、話さない理由は、何かなって考えた時にね。あっ。私でも家系図のこととか、見ず知らずの人には、教えないなって想ったの」
「なるほど……それで、先輩の名を出して、資料も見せた。というわけか」
「うん。ごめんね。川勝さんに頼りたくないのかなって想ったんだけど……」
「いえ、そこは僕が未熟でした。小さなプライドってやつですね」
「ううん。そんなことないよ。けんくんはすごいし、尊敬してるよ」
「かたじけない」
膝に両手をついて頭を下げたけんくん。
「よきにはからえ」
顔を上げたけんくんは。
肩を揺すって笑う。
「川勝さんの名前と家系図は、少なからず、ご住職の信頼を得るのには十分だったみたい」
「お見それしました」
「これで、何か手がかりがつかめたらいいんだけどね」
本堂の方から。
ご住職の読経が響いてきた。
和みある声が。
柔らかな梢の中に溶け合うように。
この空間に馴染んでいた。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




