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巡る世界の中で  作者: ぽんこつ


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23/28

ホテルのお風呂場は大きくて。

しっとりとした湯気が漂っていた。

そして。

意外なことに温泉だった。

脱衣所の効能に関する貼り紙を目にした時。

思わず飛び跳ねた。

広い湯船のそばに。

全面ガラス張りの窓があって。

明るい時間帯なら。

瀬戸内海の景色が見れるみたい。

曇った窓の向こうは漆黒の世界。

ぼんやりと映る私の顔。

滑らかなお湯に包まれて。

暖まって。

ほんのり頬が染まって。

恋をしてる女の子だね。

なーんて。

でも。

なんか。

やっぱり。

不思議。

膝を抱えて丸くなる。

ふーっと。

湯面に息を吹きかける。

出来た波が穏やかに溶けていく。

昨夜の亮さんとの出逢い。

そこから始まった。

この一連の出来事。

旅という。

日常から離れた行動。

夕凪島という。

東京から遠い場所で。

亮さんの存在を確かに感じて。

近くに来て。

まだ会ってもいないのに。

のろけ気分にのぼせそう。

微笑みを落として。

お湯の余韻を体に残して。

ゆっくりと立ち上がった。


私はホテルが用意してくれた。

浴衣に袖を通す。

こういうの。

着てみたかったんだよね。

淡い黄色地に緑や青や赤。

鮮やかな花があしらわれている。

確か。

浴衣とかって。

衿を右に前だよね。

きつくならない程度に。

帯を締めて。

衿をただして。

裾を直す。

袖を握って。

鏡の前でポーズをとる。

少しぼわっとした感じだけど。

うん。

いいんじゃない。

まとめ上げた髪も相まって。

雰囲気はいい感じ。

浴衣とか着ると。

不思議と。

背筋を伸ばしたくなる。

よし。


がらがら。

元気に脱衣所の扉が開いて。

賑やかな集団が入って来た。

年配のおばさま方。

「あら? かわいらしい」

「ほんまやなぁ」

「あんたちょっと、それ逆やで衿」

三人組の一人が。

するすると近寄ってきて。

帯をほどきはじめた。

「え?」

「ほんまや、お姉ちゃん、着物は右前な。覚えとき」

右前?

ん?

右側を前にしてるけど?

首をかしげる私をよそに。

おばさまは。

手際よくほどいた帯を小脇に抱え。

浴衣の衿を伸ばして。

私をなめるように見て。

私がしていたのと逆。

左側を表に出した。

「右前はな、右を先にって覚えたらええ。左前は死んだ人の着方やからな」

「あ、はい」

「ほんなら、手を挙げて」

「はい」

言われるがまま。

されるがまま。

みるみるうちに。

整えられて。

なんか。

着せ替え人形の気分。

ん?

帯が少しきついかも。

「ほら、どうや、鏡見てみ」

「あ、はい」

そろそろと鏡の前に立つ。

「わっ」

自分で着たのより。

断然きれい。

たるみもなくて。

女性らしさが出てる。

「これで、彼氏もいちころやな」

「どうせ、脱がされてしまうけどな」

「ええなぁ、若いって。肌もピチピチや。うちらの肌なんてもう水弾かんで、馴染んでしまうんやからな」

私の腕を両手で撫でるおばさま。

なんか。

おばさま方の妄想が。

いささか激しすぎて。

苦笑いしか出来ない私。

「ほらあんた、お姉ちゃんはよ行かせてあげな」

「そうや。これからなお楽しみやもんな」

「ほな、頑張りやお姉ちゃん」

「あ、ありがとうございます」

三人のおばさま方は。

満面の笑みで。

揃って手を振っていた。

廊下に出て。

長いため息をつく。

頑張るようなことないけど。

ね。

でも。

ちゃんと着せてもらった浴衣。

頬が緩んで。

にんまりな私。

手提げ袋を抱きしめて。

鼻歌交じりに。

軽やかな足取り。

あっ!

視界の先。

ロビーの一角に。

夕凪島大観音のポスターが貼られていた。

お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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