すかされて
廊下に静寂が流れる。
一緒の部屋って。
一緒に過ごすわけよね。
いくら。
けんくんのことを信頼してるからって……
男の人とだよ。
「ゆうさん?」
「あ、え、ちょっと、なんで部屋一緒なの?」
「そんなの、予算の都合に決まってるじゃないですか」
なんか。
私だけが。
変に意識してる?
いや。
するでしょ?
でも。
予算ね……
「仕方ないか」
「一人一人より少し安いですからね」
なるほど。
けんくんなりに。
気を遣った結果な訳か。
肩を落として。
息を吸う。
でもさ。
こんなとこ。
誰かに見られたら。
有名人ならスキャンダルだよね。
「そっか。ちなみに差額はいくら?」
「えーと。四千円だったかな。二泊だから八千円」
まあまあなお値段。
一人あたりは四千円か。
二日間ね……
「はい。頑張ります」
「何をですか?」
「なんでもない」
これから。
一緒の部屋で過ごすことだよ。
なんて。
言えません。
ん!
「ベッドは別々よね?」
「一つですよ」
「は!?」
けんくんは。
口の端をあげる。
「二つに決まってるでしょ」
「け、ん、く、ん」
握った拳を振り上げる私。
「あっ。これは失敬」
小さくなって。
両手を出して。
ガード姿勢のけんくん。
「もう! 絶対、失敬なんて思ってないでしょ!」
まくし立てて。
イーっと。
鼻根にシワを寄せた。
姿勢を正したけんくんは。
「ん、んんっ」
咳払いをして。
素知らぬ顔で。
扉を開けた。
扉の中の空間は。
そこそこ広かった。
二人がけのソファーとテーブル。
窓は大きくて。
晴れていたら。
美しい景色が見れそう。
そして。
二つのベッドが仲良く並んでいる。
けんくんは。
リュックを手前のベッドの上に乗せた。
私は隣のベッドの足元に。
スーツケースを置く。
窓際を譲ってくれたのかな。
こういう気配りは。
本当に尊敬する。
「そう言えば、家船の人々のことよく知ってたね。やっぱりけんくんすごい」
「いや、たまたまですよ。海賊とかに興味があって、調べている時に、家船の人々がその末裔かも。そんな説の本を読んだだけですから」
けんくんは。
ベッドサイドに腰を下ろす。
「ふーん。家船の人々もサンカと同じくらいの時代まではいたの?」
私はソファーに腰かけた。
思ったより座面が沈んで。
座り心地が良い。
「サンカは昭和初期。家船は昭和の中頃。40年代までは存在してたみたいですよ。定住化政策をはじめとした、法整備によってなくなったはずです」
「ふーん」
「彼が、家船を調べてた理由はなんですかね?」
「自分のルーツをたどる旅って言ってたでしょ? 歴史好きなら一度は通る道って。ご先祖様について調べるのは」
「だとすると。いや、でも、ゆうさんのご先祖様と同じ一族という推察が間違いだった可能性が出てきますね」
「そっか」
私の家は代々。
夕凪島で神社の神主をしていた。
ということは。
そこに定住していた訳だから……
あっ。
でも。
亮さん。
多様性の話をして。
今の時代は。
差別や偏見は少なくなったのかなって。
それに……
「けんくん。家船の人々も差別や偏見を受けてたのかな?」
「えーと。それなりに認められていたようですが、陸の人。つまり家船以外の人とは婚姻出来なかったというような話はあったようですけど。それが何か?」
「亮さん。こんなことを言ってたの」
私はスマホのメモを開く。
「えーと。大きな時代の波という色。それに飲まれたり。混ざったり。カメレオンのように。自らの色さえ変えて。順応したり適応したりする。それでも、敢えて馴染まなかった色もあるのが歴史の面白いところ……」
読み上げただけで。
あの画面越しのやり取りが。
私の鼓動の乱れと。
にわかに上がる体温が。
鮮明に呼び起こす。
「ほう。面白い……いや、素敵な言い回しです。ある意味羨ましい」
「ねえ? もしかしたら、家船の人々が亮さんのルーツかもしれない」
「可能性は高そうですが、自らの色を変え、という表現がしっくりきません」
「ふん。聞かせて」
ニヤリと笑って。
人差し指をかざすけんくん。
「家船の人々は、元々が船と関わりがあった人々が祖先だといわれています。それこそ海賊とか」
「そっか。なら色を変える必要はないのか」
「ですね。でも……」
「ん?」
「いや、僕も彼に会ってみたくなりました」
「え?」
「ん? いや、安心して下さい好きになったとかそういう話じゃないですから」
両手を振るけんくん。
「は? けんくん!」
「あっ。これは失敬」
もう。
絶対。
遊ばれてる。
「で。どうして、そう想ったの?」
「そういう表現ができる人。男の僕でも興味があります。ゆうさんが好きになるのも分かった気がする」
ふーん。
男の人から見ても。
魅力がある人か……
下唇をそっと噛む。
亮さんが。
煙草を燻らす仕草が浮かぶ。
カッコいいなぁ。
「フフフ。でしょ?」
「で、どうしますか? 彼に連絡しないんですか?」
ビクッと。
震える私。
「だからさ、どう言い訳して電話するの?」
組んだ両手の指先を。
意味もなく動かして。
口を尖らせた。
「あなたのことが好きで追いかけて来て、と経緯を正直に言うのも一つの手では?」
「え……!?」
じりじりと。
足元から頭のてっぺんに。
何かが走っていった。
「まあ、出来たら苦労しませんよね」
うう。
部屋干し。
梅干し。
図星。
でも。
確かに。
それもいいかもしれないけど。
引かれるよね……
きっと。
「ちょっと、お手洗い」
「どうぞ」
用を足して。
手を洗い。
洗面台の鏡を見る。
そんなに私の瞳って。
印象に残るの?
くっと。
鏡に顔を近づけてみる。
ああ。
少しクマがある。
でも。
不思議と眠くない。
旅行や亮さんに近づけて。
気が昂っているからなのかな。
会えるかな。
会ったら。
なんて言おう。
鏡の中には。
にやけた女の子が独り。
ふう……
そう言えば。
こだわりのない物の見方って。
亮さん言ってたな。
でも。
けんくんも。
川勝さんも。
畑さんも。
同じようなことを口にした。
あっ。
私の発想が豊かだとも。
発想か。
私の場合は妄想に近いけど。
?
あれ?
確か……
私は洗面所を飛び出した。
「けんくん!」
びくっとして。
振り向いたけんくん。
手でスマホを抑えながら。
人差し指を口に当てていた。
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感謝しております。




