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巡る世界の中で  作者: ぽんこつ


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20/28

ただよう

「えぶねについてだったかな……」

「え、ぶね?」

全く聞いたことのない響きに。

間の抜けた声で。

そのまま復唱した私。

「ああ、さすがに若い方はご存知ないでしょうな。一言で言うと、漂泊の民ですな」

「ひょうはくのたみ?」

眉を寄せて。

首をかしげる私。

「ああ、あれですか? サンカと同じですか? 定住しないで漂泊した」

膝を叩いて。

一人合点しているけんくん。

「ええ。サンカが山の民とするならば。えぶねは海の民、とでも言いましょうか。家船えぶねは家の船と書きます」

畑さんは。

指先を宙で動かして。

文字を描く。

「そうなんだよ。ゆうさん。昔、瀬戸内各地には家を持たずに、船上で生活していた人々がいたんだ」

「へえー」

サンカのことは知ってたけど。

家船の人々のことは。

初めて聞いた。

それより。

けんくんの。

見識の広さにも驚いた。

「先輩は、なんでそんなこと調べてたんだろう」

独り言のように。

口ずさむけんくん。

「さあ、そこまではさすがに聞いておりません」

畑さんは。

腕時計に視線を落とす。

「じゃあ、そろそろ失礼します。何か分かったらご連絡差し上げます」

「はい。ありがとうございます」

「よろしくお願いします先生」

「明後日まで滞在されるのでしたね。それまでに何か分かればよいですが、まあ、これからも、ひとつよろしく」

畑さんは手を差し出した。

「はい!」

けんくんは。

その手を両手で握り返していた。

「こちらこそです」

触れた手は。

シワシワだけど。

力強くて。

あったかかった。


ホテルの玄関まで。

畑さんを見送った。

白雨しらさめの中。

傘を差して。

ちょこちょこと歩きながら。

車に乗り込むまで。

何度も振り返ってくれた。

私は深々と頭を下げた。

「いい人だったね」

「ええ。とても」

隣で頭を上げたけんくん。

チラリと私を見て微笑んだ。

「初めて会う僕たちにもすごく丁寧でした。嘘をついたのが、心苦しいくらいです」

「あっ、ごめんね、私のために。その、ありがとうございます」

「いえいえ、そういう意味で言ったんじゃないですから。って。結構、時間経ちましたね」

私はスマホの時計を見る。

16時を少し回ったところ。

「ほんとだ」

「で。どうしますか? 彼に連絡してみますか?」

ぴりぴりと。

髪の毛先まで震える私。

「え!? したいけど、いきなりしたら、ストーカーって想われないかな」

「まあ、確かに」

したり顔のけんくん。

「否定してよ」

膨れる私。

「え!? どこに否定要素ありますか」

「ないから。否定してよ」

けんくんの二の腕を。

人差し指でつつく。

「はい?」

語尾が跳ねて。

まゆ毛も上がるけんくん。

「そんなことないよって。相手も本名教えたんだから、脈あるかもよとか」

「なるほど」

腕をさすりながら。

うなずく、けんくん。

「そう。女の子はそういうもの」

「ん? そうじゃなくて本名だったんですね。彼」

ガクッと。

膝が抜けそうになる私。

「とりあえず、部屋に行きましょうか」

「はいはい。そうしましょ」

女心はおいてけぼり。

私はとぼとぼと。

けんくんの後をついていく。

エレベーターに乗って。

押されたボタンは二階。

キン。

高い音が。

ドアを開けて。

けんくんは。

迷わず左に。

長い廊下。

左側に部屋が並んでいる。

右手の窓の向こうは。

白く煙る。

墨絵の中のような世界。

「ここですね」

部屋は一番奥の角部屋。

201号室。

ん?

「けんくん。私の部屋の鍵は?」

「は?」

「ん?」

「ここですよ」

「ああ。じゃあ、けんくんが隣の部屋なんだ」

「は?」

「ん?」

「部屋は一緒ですが、何か問題でも?」

「え……!?」


お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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