島について。
夕凪島に着く直前。
雨が落ちてきた。
その幾重もの筋は。
視界をさらに遮り。
考えすぎかもしれないけど。
来る者を拒んでいるのでは。
そんな風にさえ思えた。
福田港のフェリーの待合室は。
乗降客でごった返していて。
べとりとした湿った空気が蔓延っていた。
けんくんを見失わないように。
後に続く。
「外に出ましょう」
「はい」
出入口の外のスペースは屋根があって。
雨がしのげた。
室内が蒸し暑かったおかげで。
心地いい寒さ。
「来ました」
けんくんが顔を向けた先。
傘を畳みながら。
一人の男性が近づいてきた。
日焼けした肌に白い歯を浮かべて。
男性はけんくんを。
そして。
私を見た。
笑顔を上塗りする男性。
「初めまして。川勝京一郎です。ようこそ。夕凪島へ」
川勝さんは。
言葉の調子に合わせて。
両手を大きく広げた。
「はじめまして。里村柚葉です」
深く頭を下げる。
顔を上げると。
川勝さんは腕組みをしながら。
じっと。
こっちを見ている。
笑ってるけど。
何かを探るような視線。
私は少しうつむいて。
髪を耳にかける。
「こいつ……健一郎に、君のような女性の知り合いがいたとはね」
じろりとけんくんを見た川勝さん。
「とりあえず、ありがとうございます。お願いしたとおり、ロイヤルビレッジ夕凪島まで送って下さい」
「はいはい」
川勝さんは。
ちらりと私を見て。
額の汗を拭うような仕草をして。
にこりと笑う。
「じゃあ、傘使って」
「え? でも……」
「雨に濡れるのは。いい男の特権だからね」
ウインクを一つ。
傘をそっと私の前に差し出した。
「僕は大丈夫ですから、ゆうさんは傘を使って下さい」
「え、ああ、うん。じゃあ、ありがとうございます」
傘を受けとると。
川勝さんは。
クルリと背を向けて。
雨の中へと軽やかに飛び出した。
「じゃあ、行きましょう。ゆっくりでいいですから」
けんくんも。
ふわりと笑って。
駆け出した。
私は傘をさして。
二人の後をとことこと追いかけた。
バラバラ……
傘に弾ける雨音。
アスファルトに跳ねた飛沫が。
素足に冷たく伝う。
赤い軽自動車に乗り込んだ川勝さん。
私はけんくんと後部座席に座った。
「いやー、本気で降ってるね。水も滴るって言うけど、びしょ濡れだ」
がさがさとタオルで頭を拭いている川勝さん。
隣ではけんくんが。
おんなじように髪を拭いている。
「なんか。すみません」
「気にしないの」
奇しくも男性は二人の声が重なる。
川勝さんはにやりと笑い。
けんくんは苦笑い。
なんだろう。
この空気感。
まさに。
微妙。
この言葉がしっくりくる。
「じゃあ、出発します」
フロントガラスで。
ワイパーがせわしく動く。
それでも追いつかないくらい。
激しい雨。
「えーと…」
川勝さんは。
夕凪島の観光名所について話し出した。
相づちを打つのは。
どうやら私の担当みたい。
風光明媚らしく。
景観がよいところが。
島のあちこちにあるみたい。
一生懸命に話してくれるけど。
実際の目的が観光じゃないから。
あまり興味がわかなくて。
唯一。
私を惹き付けたのは。
素麺やオリーブ牛といった。
食事に関するものだった。
会話の最中も。
外ほどでないにせよ。
ある意味。
絶妙な空気が漂っている。
けんくんは。
平静を装ってはいるけど。
明らかに口数が少ない。
詮索はしなくても。
二人の。
神妙。
な関係性が浮き彫りだった。
車は左に荒々しい海。
右に霧に覆われた山。
合間の道を進んで行く。
いくつかの集落を抜けて。
トンネルに入った。
「ふーん。君たちの旅の目的。観光じゃないよね?」
なんて答えていいのか。
私はけんくんを見た。
「はぁ……相変わらず。勘が冴えてますね。先輩は」
けんくんは。
うなだれて。
チラッと私を見て。
小さくうなずいた。
「えーと……」
私はどこまで話していいものか戸惑う。
すっーと。
明るくなり。
トンネルを抜けた。
ぼんやりとした白い世界を車は進む。
視界の中に建物が増えた。
どうやら。
町中を走っているようだった。
「彼女。ゆうさんの御先祖様が営んでいた神社を探しにきたんです」
けんくんが助け船を出してくれた。
「ほう。御先祖は神主かなにかで?」
ルームミラー越しに川勝さんと目が合った。
「はい。ただ、明治の頃に廃社になったみたいで……」
それから。
神社の名前やその当時使用していた苗字など。
りょうさんに関する以外の話を伝えた。
川勝さんは。
「ふんふん」
「へぇ」
と。
相槌を打ちながら。
私の言葉を催促した。
まるで。
おもちゃをおねだりする子供のように。
「なるほどね。自分も島の歴史はかじっているけど。護龍神社は聞いたことがない」
「そうですか……」
「比知という苗字も聞き覚えがない。島には珍しい苗字が多いんだけどね」
「そうなのですか?」
「ええ、まあ真偽のほどは別にすれば、誰それの末裔とかね」
「へぇー、なんか面白そう」
「まてよ……」
川勝さんは。
片手を顎に添えて。
首を捻る。
「そうだ。もしよければ、この話。父にしてもいいかな? それに……」
「お父様に?」
「ええ。父の方が歴史には詳しくて。他にも何人かに聞いてみようかなって」
「先輩にそんな知人がいるのですか?」
けんくんが割って入ってきた。
「まあね。多分一人はめちゃくちゃ詳しい。島のことに関して、知らないことは、ないかもしれないくらいにね」
言ってる内容と。
軽妙な口調のアンバランスが。
にわかには信じがたい雰囲気を醸し出している。
どうしたらいいかなって。
けんくんを見たら。
私を見ていて。
猫が見つめ合うみたいに。
二人して固まってしまった。
「そうだな。直接訪ねてみるのもいいかもね」
笑いを含んだ声の川勝さん。
「え?」
「ほら、僕が説明するよりか。自分達の目と耳で見聞きした方が断然いい。何より二度手間にならない。父には聞いとくとしても」
「じゃあ、お名前教えて頂けますか?」
「うんうん。そうこなくちゃ。三人寄れば何とか。色んな人の視点も大事だよ」
川勝さんは。
嬉しそう。
私はスマホを取り出した。
けんくんはメモ帳を。
「不破龍応住職。不破の関の不破、龍は難しい方。応は応答の応」
「はい。ありがとうございます」
「西龍寺というお寺があるんだけど、そこの住職なんだ」
「えー……!?」
私とけんくんの声が見事に重なる。
「え? なになに?」
川勝さんは前を気にしながら。
チラチラとルームミラーを見ていた。
車はいつの間にか緩やかな坂道を下っていた。
「この先の山が麻霧山。そこの山頂近くにあるんだ西龍寺は」
霧に隠れ。
裾の部分がわずかに見えるだけ。
どれ程の高さなのか。
流石に分からない。
「龍応住職が知らないなら、余程のレアケースだと思っていいかな」
車は坂を下りきって。
道なりに左へ逸れ。
さっきとは別の町中に入っていく。
「もうすぐホテルです」
「はい」
川勝さんはハンドルを切り。
車は左へ曲がる。
「以前、会った人でね、面白いことを言った人がいてね」
どこか。
楽しそうな言い回しの川勝さん。
「面白いこと?」
「ええ。この島は何かを隠したり、守ったりするには適した地形と大きさだと。ね」
「隠したり、守ったり……ですか」
「面白いでしょ?」
一人笑う川勝さん。
車は町から逸れ。
坂をのぼり始める。
相変わらずの白い靄の中。
夕凪島に着いたけど。
島の一部もまだ目にしていなかった。




