めくるめく
「どうぞ」
戻って来たけんくん。
私の前。
窓ガラスの桟の所に。
二本のペットボトルが並ぶ。
ミルクティーとオレンジジュース。
「あっ。ありがとう」
「長いですから。二本あっても平気でしょ?」
「本当に出来る子だね」
けんくんは席について。
スポーツドリンクで喉を鳴らしている。
ちらりと私を見て。
「当たり前田のクラッカー」
そう言って親指を立て。
片方の口の端を上げた。
「ん? んんっ?」
私は意味がわからなくて。
覗き込むように顔を近づける。
「まあ、親父ギャグですよ。滑りましたね」
顔を引いて。
視線を逸らすけんくん。
「そうなの。ごめん笑ってあげられなくて。ていうか、照れてる?」
「は? いや……ゆうさんの瞳。きれいだなって……」
「え……!?」
体がのけ反って。
両手を胸に当てた。
「あっ、誤解しないで下さいよ。僕は純粋に思っただけですから」
黙ってうなずく私。
「画面越しだと気づかなかったから。驚いてるんです」
「そっか」
「ああ、ほんとごめんなさい。なんか。言わなきゃいいこともあるんですよね」
けんくんは。
髪の毛をかきむしり。
肩を落とす。
「ううん。そんなことない。私もびっくりしただけだから」
「そうですか、なら、良かった」
「うん。でもね。そう言ってくれたの二人目なの」
「ん?」
けんくんは。
ペットボトルを飲みかけて。
そっと下ろす。
「もしかして。あの彼ですか? りょうさん?」
「ふん」
「なるほど……でも、なんでしょう。ゆうさんの瞳、澄んでるというか、大きいというか。吸い込まれそうな……」
「もう、くすぐったいから止めよ」
パシン。
軽くけんくんの腕をはたく。
「あっ。これは失敬」
腕をさするけんくん。
「あっ。ごめん痛かった」
「いえ。まあまあな力加減で……」
けんくんは。
片頬をピクリとさせ。
引きつった笑顔。
苦笑いで応じた私。
そして肩を揺すり合って。
笑い出した。
想わぬところで。
りょうさんと同じ言葉を耳にして。
ちょっとびっくり。
そんなに。
私の目って。
きれいなのかな?
ショルダーバッグから。
鏡を取り出そうとしたら。
「あの、いいですか?」
「あ、はい」
けんくんの声に。
手を引っ込めた。
「島に着いたら。郷土史家の先生に会いに行きます」
「ん? 郷土史家って。地元で歴史研究してる人?」
「ええ。さっきアポを取りました。それから。今日だけ運転手を手配しました」
「ん? タクシーかなにか?」
「いえ、ただです」
「ん?」
「本当は頼りたくなかったんですけどね。ちょっと変わった人なんで」
「え!? 本当に知り合いがいるの?」
「ええ。まあ、彼も歴史好きな面は一緒ですけどね」
「お見それしました」
「かたじけない」
「ふふ」
「川勝京一郎といって、ざっくり言うと大学の先輩です」
「ざっくり?」
「まあ、話すと長いので。夕凪島の福田港に迎えに来てくれる手筈になってます」
「けんくん。ほんと頼りになります」
私は改まってお辞儀をする。
「いえいえ。それと、郷土史家の先生は畑正信さん。もう定年されているようですが、元は島の高校の歴史の教師だった方です」
「そうなんだ。なんか。すごいね。本格的」
「ですね」
けんくんはニヤリと笑う。
「推察を一つ」
「はい。何でも伺います」
私は手のひらを。
すっと。
差し出す。
「例の彼も歴史を辿っていたフシがあるでしょ?」
「ふん」
けんくんは黙って。
私を見ている。
きっと。
私の思考を待ってくれている。
ここにきて。
りょうさんの名前が出た。
ということは。
「あっ!」
両手で口を覆った。
けんくん大きくうなずく。
「りょうさんも、その郷土史家の先生を訪ねたかもしれない……」
パンっ。
けんくんは。
両手で小さく音を鳴らす。
「ご明察」
すごいね。
けんくん。
そっか。
歴史を調べる過程で。
りょうさんにはどこかでぶつかる。
「けんくん。本当にありがとう」
「お礼はいいですよ。本当に。僕も楽しいですから。でも……」
はにかみながら。
うつむいたけんくん。
「でも? なあに?」
ちらりと目だけで。
私を見て。
ゆっくりと視線を前に。
遠くを見据えたまま。
「いえ、ちゃんと、ありがとうって言ってもらえると。嬉しいもんですね」
けんくんは。
何度かうなずいて。
ごくごくとスポーツドリンクを流し込む。
「そう。だね」
私も。
ミルクティーに口をつける。
ほのかな甘さが舌を滑って。
鼻に抜ける。
もう少しで。
夕凪島だ。
前方は霧に覆われ。
見えるのは水面だけ。
相変わらず。
波は荒々しい。
その割には。
船の揺れは気にならない。
気持ち。
鼓動が強く。
早くなった。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




