初めて
知らない街の空気は。
朝ほどではないにせよ。
ひんやりとしていて。
湿気を含んだ風が。
雨の気配を色濃くしていた。
姫路駅から。
夕凪島へのフェリーが発着している姫路港まで。
バスに揺られること。
およそ20分。
その車内で遅ればせながら。
お互いに自己紹介をした。
けんくん。
本名は葛城健一郎。
出身は山梨県。
お兄ちゃん。
すなわち。
けんくんのことが大好きな。
三つ年下。
高校生の妹がいるんだって。
名前は琉唯ちゃん。
「彼女出来たら大変そう」
って。
聞いたら。
「たぶん。討ち取られますね」
って。
けんくん。
真顔で答えてた。
ん?
「この旅行のことはなんて言ったの?」
ピクッと肩を震わせて。
けんくんは。
人差し指を口に当てた。
「言えませんよ。知り合いに会いに行くと話してます」
なぜか。
ひそひそ声なけんくん。
その警戒ぶりから。
琉唯ちゃんのけんくんに対する。
並々ならぬ想いの察しがつく。
ふふふ。
誰にでも弱みはあるんだね。
そして、私が名前を名乗ると。
「里村柚葉。柚葉だから、ゆうさんか。なるほど。でも、苗字は普通ですね」
「ああ、神主の頃の苗字は。比べるの比に、知るの知で。比知だったかな」
「比知。ですか……」
けんくんはスマホの画面に素早く指を踊らせて。
「うーん……」
と。
唸り声を上げていた。
昨日。
私も検索したけど。
何にも出てこなかった。
バスを降りた途端。
ひやりとした空気に包まれて。
潮の香りを風が運んできた。
「寒いね」
「ですね。あそこでチケット買いますよ」
「はぁい」
からからと。
スーツケースを引き連れて。
けんくんの後をついていく。
大きな駅のような建物の中で。
フェリーのチケットを購入する。
これ。
私一人なら。
間違いなく。
迷う自信がある。
姫路港は広くて。
夕凪島へ向かう白い船体のフェリーは。
想像以上に大きかった。
船首の乗り入れ口は。
さしづめ。
船が口を開けているようだった。
次々と人や車も飲み込んで。
バスやトラックまでもたいらげていた。
初めての船にキョロキョロしていると。
「ゆうさん、こっちです。なんか。迷子になりそうですよ」
「あっ、はい。迷子になったら探してくれるでしょ?」
「電話します」
ははは……
確かに。
一階が車室。
二階に当たる部分が客室で。
外の薄暗さのせいか。
とても明るく感じた。
真ん中辺りには。
売店も設置されている。
私たちは。
船首の前方が見える席に陣取った。
「ここから、1時間40分ほどの船旅です。この上にデッキがあるみたいだから。晴れていれば開放的な気分に浸れたかもしれません」
「そうなんだ」
「これだと、明石海峡大橋を潜るとこも見れなさそうですね」
「ふーん」
まだ、昼前なのに。
外は明るさを失ったまま。
視界の先はどこまでも。
怪しげな厚い雲が立ち込めていた。
「荒れそうですね……」
「ふん。けんくん雨男?」
「なんですか、いきなり」
「いや、私は晴れ女だから」
「僕だって晴れ男ですよ」
少しむきになるけんくん。
ちょっとかわいらしい。
なんか。
画面越しじゃないけんくんにも。
馴染んできた。
「何か飲みますか? トイレ行くので買ってきますよ」
「ふーん。けんくんって。気が利くよね。もてそうなのに」
「ん? いらないんですか?」
けんくんは。
そそくさと席を立つ。
「あっ、ミルクティーかオレンジジュースがいいです」
「承知」
侍のような言葉を残して。
歩いていった。
「ふー……」
ため息をついて。
シートにもたれる。
知り合ったきっかけは。
ランダムチャットの世界だけど。
けんくんとは。
昔からの付き合いみたいな感じがしてる。
当たり前だけど。
けんくんじゃなかったら。
男の人と旅行になんて行かない。
そう考えると。
けんくんって。
断然良いやつなんだって。
改めて思えた。
ブルルル……
お尻に小刻みな震えが伝わって。
フェリーが動き出す。
風が強くなったのか。
水面に無数の白い刺が。
せわしなく突き出していた。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




