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婚約破棄された悪役令嬢エリシアは、国を救った代償に貴方を忘れました。  作者: 仁科異邦
過去編

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39/40

夜空に誓った想い

 学院の最終年は、嘘みたいに速く過ぎた。

 春が来て、夏が来て、秋になって。

 気づいたら、冬だった。


 卒業式の一週間前。

 図書室で四人で勉強していた。

 正確には、三人が勉強していて、一人がしていなかった。


「リュカ、手が止まっている」

「考えてた」

「何を」

「卒業後のこと」

 クレアがペンを置いた。マリアも顔を上げた。

「リュカはどうするんですか」

「家の仕事を手伝いながら、騎士団の試験を受けようと思ってる。来年」

「騎士団」

「うん。ゼファーに影響されたかも」

 少し間があった。


「ゼファーは知っているの」

「まだ言ってない。なんか恥ずかしくて」

「言いなさい」

「え、エリシアが言えって言うの珍しい」

「珍しくない。ゼファーが喜ぶと思う」

 リュカが少し考えた。


「……今夜言う」

「そう」

「エリシアはどうするの、卒業後」

「領地に戻る。家の仕事をする」

「それだけ?」

「それだけ」

「嘘くさい」

「嘘じゃないわ」

 リュカが私をじっと見た。

 私は視線を手元に戻した。

 それだけ、ではない。

 でも、それだけ、と答えた。


 クレアが泣いたのは、その三日後だった。

 寮の廊下で、突然泣き出した。

「ク、クレア」

「すみません、なんか急に」

「どうしたの」

「もうすぐ卒業だと思ったら、急に来てしまって」

 クレアが目を押さえた。


「エリシア様と、学院で会えなくなる。それがなんか、どうしようもなく」

「手紙を書けばいい」

「書きます。でも毎日は会えない」

「毎日会う必要はないわ」

「でも、毎日会いたいです」

 少し間があった。


「……クレア」

「はい」

「私も同じよ」

 クレアが顔を上げた。

「毎日会えなくなっても、あなたは私の友人だから」

 クレアがまた泣き出した。

 今度は違う種類の泣き方だった。


「エリシア様が、そういうことを言ってくれるようになったのが、嬉しくて」

「そういうことって」

「入学した頃は、友人って言ってくれなかったから」

 そうだったか。

「……成長したのよ」

「成長……そうですね」

 クレアが笑いながら泣いた。

 私は少しだけ、クレアの肩に触れた。

 それだけだった。

 でも、クレアには伝わったらしい。


 卒業式の前日の夜。

 ゼファーが廊下で待っていた。

 いつも通りの場所に、いつも通りの姿勢で。

 でも、今夜だけは、少し違った。


「ゼファー」

「なんだ」

「明日で、この護衛が終わる」

「そうだ」

「……寂しい?」

 少し間があった。

 ゼファーが、珍しく少し迷った。

「……寂しい、という感情があるかどうか、確認中だ」

「前にも同じことを言った」

「また同じ答えになった」

「いつ確認できるの」

「……なってみないと分からない」

 少し間があった。


「終わってから、寂しかったと気づくかもしれない」

「そうかもしれない」

「それを、教えてくれる?」

 ゼファーが少し目を細めた。

「……手紙で、いいか」

「いい。待ってる」

 少し間があった。

「令嬢」

「なに」

「これまでの護衛で、一番……変わった案件だった」

「変わっていた?」

「夜中に地下に降りる。魔法陣に触る。禁書庫で一時間読む」

「全部普通よ」

「普通ではない」

「あなたにとっては」

「誰にとっても」

 私は少し笑った。

「でも」

 ゼファーが続けた。


「一番、良い仕事だった」

 廊下が、静かだった。

 その一言が、重かった。

 良い意味で。

「……ありがとう、ゼファー」

「礼はいい」

「言う」

「……分かった」


 卒業式の夜。

 一人で、禁書庫に降りた。

 最後だから、ではない。

 ただ、来たかった。

 七年間、通い続けた場所だ。

 最初に来た時は、十歳だった。

 あの夜から、全部が始まった。

 魔法陣の前に立った。


 触れなかった。

 ただ、見た。

 紋様は変わらない。

 何百年も前から、ここにある。

 私が来る前から。  

 私が来なくなっても、ここにある。


「……お世話になりました」

 声に出した。

 紋様に向かって。

 答えは返らない。

 当たり前だ。

 でも、言いたかった。

 石の部屋は、静かだった。

 ランプの光だけがある。


 七年前もこの光の中にいた。

 あの頃の私は、怖くて、焦っていて、でも覚悟だけは持っていた。

 今の私は。

 まだ怖い。

 でも、一人ではない。

 それだけが、あの頃と違う。


 石段を上った。

 廊下に出ると、驚いた。

 マリアが、壁に寄りかかって待っていた。

「……なぜいるの」

「来ると思ったので」

「なぜ分かったの」

「最後の夜だから。エリシアさんは必ず来ると思った」

 少し間があった。


「……一緒に来ればよかったのに」

「禁書庫は入れないので」

「廊下で待てる人間じゃないと思っていた」

「私も思っていませんでした。でも待てました」

 マリアが少し笑った。


「来年、黒蝕が来るかもしれない」

「はい」

「研究の確率は今、六割を超えています」

 マリアがさらりと言った。

 六割。

「いつ超えたの」

「今週です。言おうと思っていたところでした」

「……なぜ早く言わないの」

「卒業式の前に言ったら、そちらが気になってしまうと思って」

 私は少し笑えた。


「あなたって、本当に気が利くわね」

「エリシアさんのことを、よく見てきたので」

 廊下を、二人で歩いた。

「マリア」

「はい」

「卒業後も、研究を続けてもらえますか」

「もちろんです。手紙で連絡を取りながら、でも」

「それで十分」

「エリシアさんが術式を使う時、私はそこにいます」

「巻き込みたくない」

「もう巻き込まれています」

「……前にも言ったわね」

「今回も同じ答えです」

 マリアが真っ直ぐ前を見たまま言った。


「私が隣にいることで、代償が一つになる確率が上がります。それは事実です。だから私が行く。感情ではなく、合理的な判断として」

「感情ではない?」

「感情もあります」

 少し間があった。


「でも、合理的な判断の方が、エリシアさんには響くと思って」

「……分かっているのね」

「三年間、見てきましたから」

 廊下の窓から、星が見えた。

 卒業式の夜の星だ。


「マリア、ありがとう」

「どういたしまして」

「今夜だけは、素直に言える気がして」

「毎回言ってくれていいですよ」

「難しい」

「知っています」

 二人で少し笑った。

 笑い声が、夜の廊下に溶けた。


 寮に戻る途中。

 リュカが廊下に出てきた。

「あ、二人とも起きてたんだ。俺も眠れなくて」

「あなたも来るの」

「来るよ。最後の夜じゃん」

 結局、四人になった。

 クレアも起きていたらしく、すぐに合流した。

 中庭に出た。


 夜気が、冷たくて気持ちよかった。

 星が、たくさん出ていた。

 リュカが芝生に寝転んだ。


「寒い」

「寝転んだら寒いでしょう」

「でも星がよく見える」

 クレアも寝転んだ。

「本当だ、綺麗」

 マリアも続いた。

 私は少し考えてから、寝転んだ。

 四人で、星を見上げた。

 しばらく、誰も話さなかった。

 珍しい。


 リュカが黙っているのが、一番珍しかった。

「リュカ」

「なに」

「ゼファーに言えた?」

「あ、言った。騎士団を目指すって」

「何て言ってた」

「……『向いているかもしれない』って」

「それ、ゼファーの最大級の褒め言葉ね」

「だよな!嬉しかった!」

 リュカがまた黙った。

 今度は少し違う沈黙だった。


「エリシア」

「なに」

「来年も、再来年も、ちゃんと元気でいてよ」

 さらりと言った。

 深追いしない言い方で。

 でも、確かに届く言い方で。


「……いるわよ」

「約束ね」

「約束」

 クレアが「私もお願いします」と言った。  マリアが「私も」と言った。

 星が、高かった。

 月もない夜だから、よく見えた。


 来年の今頃、何が起きているか、私には分かっている。

 でも今夜は。

 リュカが言った通り、遠くを見なかった。

 ここにある星を見ていた。

 四人で、星を見ていた。

 それだけで。

 今夜は、十分だった。


(ゼファーside)

 四人が中庭に出ているのは、窓から見えた。

 外に出ようとして、止まった。

 あそこは、四人の場所だ。

 俺が入る場所ではない。

 窓から見ていた。


 エリシアが、リュカの隣で星を見ていた。

 笑っている顔が、暗くて見えなかった。

 でも、笑っているだろうと思った。

 三年間で、笑う回数が増えた。

 最初に会った時と比べると、全然違う。

 あの頃は、完璧な令嬢の顔しかなかった。

 今は、こうして深夜に芝生に寝転んでいる。


 変わった。

 令嬢が変わったのではなく。

 令嬢が、本来の姿に近づいたのだと思う。

 「一番、良い仕事だった」と言った。

 本当のことだった。

 明日で護衛が終わる。


 終わってから、寂しかったと気づくかもしれない。

 そう言ったのは、嘘ではなかった。


 でも。

 今夜の窓から見た景色を。

 覚えておこうと思った。

 令嬢が星を見ている、最後の夜を。

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