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悪いことは的中する



「……気のせいだったか?」


 結局、別棟を通って裏にあった洗濯物干し場まで来たが、あれからさっきの声は聞こえてこない。

 ここに来るまでの間、何度かこのお屋敷に仕えているのであろうメイドたちとすれ違ったが、特に咎められることもなかったし、話しかけられることすらなかった。

 なぜか、顔を赤くして俺を見てきたが……そんな恥ずかしい格好をしているつもりはない。何だったんだろう。


 ピンと張られたシワのないシーツが風に靡いているのをボーッと眺めていると、不意にその奥に誰かが立っていた。


「失礼します。レオンハルト・オルフェーブル様とお見受けいたしました」

「……いかにも」

「私、ここでメイドとして働かせていただいております。なぜこちらにいらっしゃるのかは存じ上げませんが、このまま奥へ真っ直ぐにお進みください」


 メイドと名乗った影は、シーツが邪魔して顔を確認できない。名前も口にしないし、わざとそうなるように立っているような気がする。俺が一歩前に進むと、その人物が一歩下がるんだ。


 ここは、諦めて話だけを聞いた方が良いかもしれない。彼女の声は、どこか落ち着かずに不安を隠しきれていないような感じがする。

 まさか、勝手に出歩いていたことがバレて、伯爵がお怒りなのか?


「真っ直ぐ……? 伯爵が待っているのですか?」

「いえ、きっと貴方様がお探しになっている人物がいらっしゃいます。……申し訳ございませんが、どうか彼女を助けてあげてください。実家に帰省していた間に、何やらひどいことが起きていたようで……すみません、私が関わっていることは秘密にしてください。争い事が嫌いなんです」

「あ、ちょっと待っ……」


 話を端折り過ぎているためか、俺の読解力がないためか、良くわからなかった。どう言うことなのか聞こうとしたところ、その人物は顔を隠しながら表の方へと駆けて行ってしまう。あれを追いかけてまで聞こうという気にはならない。


 俺が探している人物が居る? ステラ嬢のことか?

 しかし、なぜあのメイドにそれがわかるんだ? それに、助けてあげてくださいとは……。情報量が多いのか少ないのかよくわからない内容は、余計に混乱する。信じて良いのかどうかの材料にならないためだ。


「……とりあえず、行ってみようか」


 俺は、何かあった時のために片手へ薄い炎を宿した。罠であった場合、すぐに応戦できるように。


 さて、何があるんだ?




***



 言われたところへ行ったが、行き止まりだった。

 そこに誰かが待っていたことはないし、そもそもここはお屋敷の裏。ゴミの集積場くらいしかないじゃないか。あの口調だと、誰かがいるような言い方だったが……。なぜ、彼女がこんなところに居るんだ? 用事がないだろう。やはり、あのメイドの言う「お探しになっている人物」は、誰か別の人と勘違いしていたに違いない。

 ステラ嬢は、溜め込んだ仕事を片付けるためにお屋敷の自室で奮闘している頃だろう。こんなところに居るわけ……。


 そう思ったが、不思議と足はその集積場の入り口へと向かっている。

 何なら、手はすでにドアを持っているし……とりあえず、開けてみよう。居なかったら居なかったで、やはりさっきのメイドの勘違いだったということで。


「失礼す……っ」


 手に宿した炎を強くして扉を開けると、顔が歪んでしまうような強烈な腐敗臭が鼻をついてきた。なんだ? ネズミの死骸でもあるのか? 直感的にそう思った。もう少し中に入ってみないと、暗くて様子が伺えない。

 何度かうちの屋敷の焼却炉が置かれた建物に入ったことがあるが、こんな臭いはしたことがないな。いや、ネズミの死骸の臭いではない。これは……。


 俺はこの臭いの正体を知っている。一度だけ、地方訪問の時に偶然遭遇したんだ。……人間の孤独死というやつに。

 あれは酷かった。こんな風に部屋いっぱいに腐敗臭がして、孤独死した人物に群がるウジとハエの多さ。思い出しただけで、鳥肌が立つ。

 まさか、ベルナール伯爵は殺人に加担していたのか? その罪を、さっきのメイドが告発してくれたのかもしれん。


 知ってしまったのなら、応援を待たずに調べた方が良い。応援を待っている間に、証拠隠滅でもされたら面倒だ。俺は、ドアを開けっぱなしに、炎を明かり代わりにしてその空間に足を踏み入れた。

 扉から右側にゴミを置くスペースがあり、左にはなぜか机が……。それに、そこで何かが光っているような。


 嘘だ。嘘だ。

 違う、見間違いだ。


「っ! ス、」


 光る方へ足を進めると、そこにはやはり誰かが居た。

 服とは言えない汚れた布を身体に巻き、ピクリとも動かずに倒れている。急いで炎をかざして顔を確認すると……その人物に見覚えがあった俺は、名前を叫ぼうと口を開く。でも、できなかった。

 認めない、認めない。なんだ、これは。


「なぜ、どうして!」


 そこには、ボロ雑巾のように汚れ切った女性が居た。

 俺がプレゼントしたネックレスを手に握りしめ、記憶しているよりも痩せ細った身体にはハエがわいている。異臭の原因が、彼女だったんだ。

 まさか、まさか……。


 今まで、こんな震えたことはない。

 泣き出しそうになったこともない。

 俺は、その衝動を抑えつつ彼女の前に跪き、炎を出していない方の手でそっと頬に触れてみた。


「……ぅあ、あ」


 冷たい。

 とても、冷たい。


 彼女の……久しぶりに会ったステラ嬢の頬は、極寒の地に放り込まれたかのように冷たかった。




 

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