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明日があるさ  作者: いぬまた
第六章
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明日があるさ6【第十話】






 明日葉が意識を取り戻したのは、それから一時間ほど経った頃だった。

「ん……」

 重たい瞼を開く。またも見知らぬ天井がそこにはあった。

「あっ、明日葉さん。わかりますか?」

 我妻の母の声が聞こえた。辺りを見回す。明日葉は我妻の部屋のベッドに寝かされていた。どうやら床に倒れた後、我妻の母と聖司が協力して運んでくれたらしい。

 我妻の母はベッドの脇に立っていた。我妻は部屋の隅に自分のデスクチェアを置いて、そこに座っていた。

「あ……すみません、ご迷惑を――――痛っ!」

 ぎこちなく上体を起こすと、頭と右腕に鋭い痛みが走った。我妻の母が背中を支えてくれた。

「本当にもう、無茶しすぎですよ」

 我妻の母は苦笑していた。

「本当にすみません……いきなり押しかけて、こんな……」

 ふと視線を向けると、部屋の隅の我妻と目が合った。我妻は椅子の上で膝を抱えるようにして座っていた。ばつが悪そうに目を逸らす。

 明日葉は何も言わずに微笑んだ。

 今はそれでいい。

 我妻の母が水を持ってきてくれたので有り難くいただいていると、玄関のチャイムが鳴った。

「あ、亜笠さんかしら」

 我妻の母が立ち上がり、部屋を出ていく。

 明日葉の額に脂汗が浮いた。今更ながら、倒れる前に亜笠を呼んでいたんだったと思い出した。

 ――――やばい、絶対、めちゃくちゃ、怒られる。明日葉の血の気が下がった。

 数秒後、ドカドカという足音と共に、それはやってきた。

 壊れて閉まらなくなった扉から、亜笠が姿を現した。

「せ、誠一郎……」

 明日葉はにへらっと笑って、手を上げた。

 亜笠は無言だった。

「…………しっ、仕事は?」

「…………落ち着いたので大柴さんに戸締りだけお願いしてきました」

 二人はしばらく見つめ合った。明日葉はそっと手を下ろした。

 亜笠はいつもの無表情だった――――が、通常よりかなり温度が低い。背景にブリザードを背負っていた。見る者が凍り付くような無表情だった。

「あの、」

 明日葉が何か言おうと口を開いた、その瞬間だった。

「何やってんだあんたは!!!」

 家中が揺れるかと思うほどの怒声だった。明日葉は反射的に首を竦めた。

 部屋の隅にいた我妻も「ヒッ」と小さく息を呑んだ。

「えーっと、あの、その……ごめん」

 明日葉の肩が縮こまった。

「ごめんで済むか! ここに来るまでの間、どれだけ僕が生きた心地がしなかったかわかりますか!?」

「すみません……」

「謝ればいいってもんじゃない! どうしてそう軽率なんですか!」

 敬語とため口が滅茶苦茶だった。相当怒っていた。

「真っ直ぐ帰れって僕言いましたよね!? それが何ですか、どうして我妻さんの家にいるんです!? 真っ直ぐって日本語わかりますか!? 病院から、護さんのアパート、これが真っ直ぐです!」

 亜笠のお説教に、明日葉は完全に小さくなっていた。自分が我妻を怒鳴りつけた時とは完全に立場が逆転していた。

「しかも何ですか、他人様の家で倒れて意識失うって!」

「いや、ちょっと痛み止めが切れて、めまいが」

「だったら大人しくしてろ!」

 亜笠は肩で息をしていた。

 明日葉はベッドの上で豆粒のように小さくなりながら、ちらりと部屋の隅を見た。

 我妻が、青い顔をして震えていた。先ほど明日葉に胸倉を掴まれた時よりも怯えているように見える。

 無理もない。

 家庭教師をしていた頃の亜笠しか知らない我妻にとって、これほど声を荒らげる亜笠を見るのは初めてなのだろう。

 亜笠は荒い呼吸を一度整えると、後ろで怯える我妻に向き直った。

「聖司くん」

 我妻の肩が大きく跳ねた。

 亜笠は一瞬、目を伏せた。そして先ほどまで明日葉を怒鳴りつけていたのが嘘のような、静かな声で言った。

「寂しさに気付いてあげられなくて、すみません」

「…………」

「僕は、君がつらい時に傍にいたつもりでした。でも……君が僕に何を求めていたのかまでは、わかってあげられなかった」

 我妻は俯いたままだった。

 亜笠は責めなかった。真っ直ぐに我妻を見つめて、言った。

「でも、僕はもうこの人と一緒に生きると決めたんです」

 明日葉が顔を上げた。亜笠の横顔を、明日葉は黙って見つめた。

「だから」

「はい……」

 小さな声が、亜笠の言葉を遮った。

 我妻が顔を上げた。その目は、まだ赤かった。けれど、そこに先ほどまでのような激情はなかった。

「もう、わかってます」

「聖司くん……」

「先生が、明日葉さんのこと……大事なのも」

 我妻は膝の上で両手を握り締めた。

「僕じゃ、ないってことも」

 最後の言葉は少し震えていた。それでも我妻は泣かなかった。

 亜笠は何も言わずに、しばらく我妻を見つめていた。

 やがて、くるりと明日葉を振り返った。

「護さん」

 低い声で明日葉を呼ぶ。明日葉はきょとんとした。

「何?」

「何を言ったんですか」

「何も?」

 明日葉は明後日の方を見た。そんな明日葉を、亜笠はじっとりと睨みつけた。

「何もってことはないでしょう」

「おれ、何も、してない」

「昨日と今日で聖司くんの様子が全然違うんですけど」

「少し、話した、それだけ」

 その様子を、我妻の母は少し離れたところから黙って眺めていた。

 そして、ふと視線を横へ向ける。

「…………」

 そこには、見るも無惨な姿になった息子の部屋の扉があった。






 その後、明日葉は遠慮する我妻母にドアの弁償代を必ず請求するよう伝え、亜笠と共にその場を後にした。我妻は俯きながらも、玄関まで見送りに来てくれた。

「待ってるから」

 明日葉がそう言うと、我妻は俯いたまま小さく頷いた。亜笠はそんな明日葉を穏やかな瞳で見ていた。

 アパートに帰ってからが明日葉にとっては地獄だった。頭は痛むし腕も痛い、痛み止めを飲んでもなかなか効かなかった。明日葉は強制的にベッドに寝かせられた。

 そして、逃げ場のない状態で、亜笠から2時間ほどたっぷりお説教を食らった。

 それから――――我妻はすっかり姿を見せなくなった。

 亜笠にも何も連絡が来なかった。

 何日経っても、彼は明日葉と亜笠の元には来なかった。

 心配してくれた櫟と愛染にも、改めて飲み直しの場を設定して、事の次第を話した。二人は謝りに来ない我妻に怒り心頭だった。明日葉と亜笠は二人で目を見合わせて、苦笑した。

 亜笠も少し心配そうにしていたが、明日葉は案外すっきりとした心持ちだった。

 いつか、謝りに来ればいい。自分の気持ちの整理がついて、きちんと正面から受け止められるようになった時に。

 そして自分は、その時に許してやればいい。

 たったそれだけのことだ、と。

 明日葉は、そう思った。






 数日後、亜笠は綾を明日葉宅へ呼び出した。

 事の次第を、念のため綾にも報告するためだった。

「――――という訳で、綾さんが男性ということがそもそも漏れていないので、そこは安心してください」

 台所でコーヒーを片手に、亜笠が淡々と説明をした。綾はしばらく黙って聞いていた。コーヒーを一口飲んでから、口を開く。

「わかった。ありがとう、わざわざ報告してくれて」

 そこで言葉を区切って、綾がチラリと、換気扇の下でタバコを吸う明日葉を見た。

「――――に、しても。明日葉さん、大丈夫なの」

 眉根を寄せる綾に、明日葉はひらひらと左手を振った。

「うん、全然平気」

「全然大丈夫じゃありません」

 能天気に答える明日葉に、即座に亜笠が言い返した。

「……だろうね」

 綾は苦笑した。

「しかし、まさか教え子だったとはなぁ」

 意外そうに綾が言った。

「ええ、本当に――――綾さんにも迷惑をかけて」

 頭を下げる亜笠に、綾が慌てて両手を振った。

「全然、気にするなよ。むしろ俺の方こそ、余計なことに明日葉さんを巻き込んじゃって」

「全然平気」

 明日葉の返事に亜笠の額に青筋が浮かんだ。明日葉は黙って煙草を咥えた。

 亜笠は綾に向き直り、ふと真剣な顔になった。

「綾さんは……これから、どうするんですか」

 遠慮がちにそう口にした。綾は頬を掻きながら、少し恥ずかしそうに言った。

「俺――――実は、今付き合ってる相手さ、仕事で海外に行くことになってるんだ」

「え」

 亜笠と明日葉は意外な話に目を丸くした。

「だから……その、思い切ってついて行こうかなって」

 綾は少しだけ頬を染めていた。

「妹にも話したんだ。相手が……男だってことも」

 家族には話せないと言っていた、綾が。

 ――――どれだけ勇気のいることだったのだろう。明日葉はタバコを深く吸いながら思った。

 さすがの亜笠も驚いていた。

「話したんですか……妹さんに」

「うん……あんなに怖かったのにさ、いざ話したら――――拍子抜けだよ。実家は自分が継ぐから行って来いってさ」

 綾が晴れ晴れと笑った。

「さすがに海外まで行けば、親父も追いかけては来ないだろうし」

 笑顔の中に、どこかさみしさも滲んでいた。

 亜笠は穏やかに微笑んだ。

「――――いいですね」

「うん――――誠一郎」

「はい」

「今までありがとう。本当に……お前のこと忘れないよ」

「はい。僕も忘れません」

 明日葉は黙ってその会話を聞いていた。ふっと吐いた煙が換気扇に吸い込まれていくのを、ただただ眺めていた。






 金曜の夜――――明日葉は立川駅前で亜笠と待ち合わせしていた。仕事から帰ってきた亜笠と合流し、携帯ショップへ足を運んだ。

 階段転落時、明日葉の携帯はコンクリートの階段に叩きつけられて大破してしまった。病室で無残な姿を見せられた時、明日葉は泣いた。十年近く苦楽を共にした愛機だった。亜笠はそれを冷たい目をして眺めていた。

 幸いなことに内部のSIMカードは無事だったため、明日葉はストックしておいたもうひとつの携帯電話を取り出して使っていた。それを見た亜笠から、数年後には3G回線が終了すること、メッセージアプリが使えないこと、もうすぐ平成が終わり令和になること等をくどくどと説教され、その上携帯ショップに予約まで入れられてしまった。

 そして――――今に至る。

「それではこちらがご契約いただいた機種になります」

 契約を担当してくれたお姉さんから、ピカピカのスマートフォンを差し出される。明日葉はそっと左手で受け取った。右手が折れているので。

「おお~」

 ボタンがない。画面がでかい。携帯より重い。

「大丈夫ですか、護さん。文字の打ち方わかりますか?」

「いやお前おれを舐めすぎだろ。会社のスマホ使ってるから知ってるわ」

 原始人のように扱ってくる亜笠に、明日葉は静かにキレた。

 左手でスイ、と画面を操作してメッセージアプリを開く。会社のスマートフォンでも使用しているアプリなので、明日葉は難なく操作した。

 と、そこで隣の亜笠が目を丸くしているのが見えた。向かいで手続きしているお姉さんも意外そうな顔をしている。

「何? どしたの」

 亜笠が明日葉の左手を指差した。

「護さんって……右利きですよね?」

「うん、そうだけど」

「どうして左で文字打てるんですか」

 亜笠の言葉に明日葉はきょとんとして答えた。

「あぁ、おれ両利きだもん」

 亜笠の眉根が寄った。若干キレ気味に亜笠が言った。

「は? 聞いてないんですけど」

「いや聞かれない限りわざわざおれ両利きだよって言わないでしょ……」

 明日葉は小さい頃から両利きで、親からも特に矯正されずに育った。そのため大人になった今でも両方の手で作業が出来る。道具や日常生活は右の方が便利なため、左は滅多に使わない。河和の中でも知っている人はいないかもしれない。

 右腕を骨折した今となっては両利きで良かった、と明日葉は思っていた。そういう問題ではないのだが。

「そういう大事なことは言ってください」

 亜笠の言葉に、大事な情報だろうか、と明日葉は首を傾げた。明日葉には好きな人のすべてを知っていたいという亜笠の繊細な乙女心は理解できなかった。

「スマートフォンの操作には困らなさそうですね」

 傍で見ていたお姉さんもそう言って微笑んだ。

「そうですね。仕事も左で出来るんですけどね」

「仕事は休んでください」

 困ったように言う明日葉に、亜笠がぴしゃりと言った。

「だって家にいてもやることなくて暇なんだもん」

「退職後のお父さんですかあなたは」

「事務作業とかなら」

「全治二カ月は黙っててください」

 二人の会話にお姉さんは口元を隠して震えていた。

 無事に契約を済ませて店を後にする。近くのレストランで食事をしながら、亜笠は明日葉のスマートフォンを操作して、早々に設定を終わらせた。

「僕のIDも登録しておきましたから、今後メッセージアプリも使えますよ」

「あ、じゃあ今度からはスタンプ使えるな」

「送ってみます?」

「うん」

 明日葉は左手でスマートフォンを操作して、クマがお辞儀しているスタンプを送った。ピコン、という電子音と共に亜笠のスマートフォンが受信する。亜笠が操作すると、明日葉の画面には『既読』の文字が付いた。

「おー」

 画面を見て感心する明日葉に、向かいの席に座る亜笠がふっと微笑んだ。その指がサッとスマートフォンを操作する。ピコン、と明日葉の画面にメッセージが入った。

『大好きです』

 亜笠からだった。明日葉の顔が見る間に赤くなった。

「なんだよ、いきなり……」

 亜笠はなおも指先を動かした。明日葉の画面にまたメッセージが届く。

『今度僕の知らないところで倒れたらGPS共有アプリ入れますよ』

 般若のスタンプと一緒だった。明日葉は項垂れた。

「それは、はい、まあ……ごめんなさい……」

「わかればいいです」

 亜笠は深く頷いた。明日葉はしょんぼりしてメッセージ画面を眺めた。

 食事を終えて、明日葉は青梅に帰るため駅に向かった。亜笠も後を付いてくる。改札口まで来ると、亜笠がピタリと足を止めた。

「じゃあ、ここで」

 てっきり一緒に来るものだと思っていた明日葉は面食らった。

「あれ、今日は来ないんだ?」

「はい。少し、家でやらなきゃいけないことがあるので」

「そっか……」

 思わず声のトーンが下がる。亜笠が微笑んだ。

「寂しいですか?」

「んー……少しね」

 少し考えてからそう口にすると、亜笠がいきなり抱き付いてきた。

「やっぱり行きます」

「おい、どっちだよ」

 亜笠の額に優しくチョップを入れると、名残惜し気に離れていった。

「気を付けて帰ってくださいね」

「わかった。それじゃあ、おやすみ」

「はい――――おやすみなさい」

 手を振る亜笠に手を振り返して、明日葉はその場を後にした。

 久々にひとりでアパートに帰宅する。

 てっきり「骨折してるから泊まります」と言い出すかと思ったが、まあ亜笠は亜笠でやることがあるのだろう。明日葉は深く考えず、ギプスに当たらないよう慎重にシャワーを浴びて、ベッドに横になった。

 久しぶりにひとりで寝るベッドはなんだか以前よりも広く感じた。少し寂しい気もしたが、そもそもこれが普通なのであって今までが異常事態だったのだ。亜笠には、亜笠の帰る家がある。

 たまには自宅に帰れと言った自分の言葉がようやく耳に届いたらしい。

 翌朝、明日葉は10時過ぎにゆっくりとベッドから起き上がった。痛み止めが切れて手首がズキズキと痛かった。

 ダラダラと朝食を食べながら、買ったばかりのスマートフォンをポチポチといじる。亜笠に「おはよう」「今起きた」とメッセージを送るが、一向に既読にならなかった。あの早寝早起き男が、まだ寝ているのだろうか。

 首を傾げながら食パンをかじっていると、玄関のチャイムが鳴った。

 誰だろう、と食パンを咥えたまま玄関へ向かった。

「ふぁーい」

 扉を開ける――――と、そこには亜笠が立っていた。

「おはようございます、護さん」

「おはよう……って、お前、なんでここに」

 明日葉は食パンを片手に喋った。

 首を傾げると、亜笠がいつもの無表情でさらりと言った。

「解約しました」

「は?」

 何を? と明日葉は固まった。

「立川の部屋です。解約しました。今日が退去日でした」

「…………」

 亜笠の横を見ると、バカでかいスーツケースがあった。スーツケースの上には大きめのボストンバッグもあった。亜笠はバックパックも背負っていた。

 明日葉は食パンを咥えたまま自分のお腹の辺りをボリボリと掻いた。寝起きで脳の処理が追いつかなかった。

 言葉の意味自体はわかる。日本語だ。解約という単語も知っている。だが、昨日までそこに住んでいた人間が、なぜ翌朝には解約を報告しているのだろう。

 明日葉は念のため確認することにした。

「…………昨日、帰ったよね?」

「はい」

「立川の、ご自分の家に帰られましたよね?」

「はい」

「それを?」

「解約しました」

「一晩で?」

「一か月前に解約手続き済みです」

「初耳なんだけど!?」

「今言いましたから」

「だから! ねえ! 事前に! 言って!!!」

 明日葉は亜笠の胸倉を掴みたかったが、いかんせん右腕がギプスで固定中なので叶わなかった。明日葉の叫びにも亜笠はまるで動じなかった。明日葉は顔を近付けて言った。

「待て、じゃあ昨日立川に帰ったのって!?」

「最後に残っていた荷物を片付けるためです」

「『今日は家に帰ります』みたいな顔して、お前!」

「鍵も返しました。もう住む家がありません。置いてください」

「一言相談して!!!???」

 しれっと言う亜笠に、明日葉は絶叫した。

「何で住む家なくしてから来るの!?」

「覚悟してきました」

「そんな覚悟はいらないんだよ!」

「同棲、嫌ですか」

 不意に、真剣に尋ねられて、明日葉は言葉に詰まった。

「嫌ではないけど……」

 食パンをかじりながらモゴモゴと言う。

「けど?」

「…………いきなりは困る」

 いろいろ考えた挙句、それしか言えなかった。

 案の定亜笠が畳みかけるように言った。

「毎日泊まって、合鍵ももらって、冷蔵庫も買って、これでもまだいきなりですか?」

 明日葉は押し黙った。何も反論が出来なかった。

 亜笠はふっと意地悪そうな微笑みを見せた。

「護さんが僕との完全同棲を渋る理由、わかってるんですよ」

「え?」

 首を傾ける明日葉に、亜笠が言った。

「護さん――――僕のことかわいくて仕方ないんでしょう?」

 明日葉の口から、ポロリと食パンが床に落ちた。

「かわいすぎて、つらいんですよね」

 明日葉の顔が首から徐々に赤く染まって行き、茹蛸のようになっていく。

「僕がわからないと思いますか」

「おっま、最初から、知って――――」

 震えながら指を差す明日葉に、亜笠が笑った。

 嬉しくてたまらないという笑顔だった。

 アパートに明日葉の叫び声が響き渡った。

 明日葉の部屋の壁が、隣の住人からドンッと叩かれた。






ここまで読んでいただきありがとうございます!

第六章最終話です。次回より第七章開始となります。

良かったらブクマと評価をよろしくお願い致します!

ご感想もお待ちしております~!

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