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第7章 カタストロフィー(5)

挿絵(By みてみん)

 

 老魔導師は椅子を少し引いて、机の引き出しから、コピー用紙を綴じただけの厚みのある冊子を取り出しました。


「もしアルサトラを倒す可能性があるとすれば、唯一の対抗手段はAIだ。我々が最後に頼れるのは、人間だけではなかった。だがそれは、単なる機械による救済でもないのだ」


 それは計算機による暴力のようなものではなく、情報の『翻訳』を行って対抗するのだ、と老人は言いました。



 数ヶ月前、世界の片隅にて、魔導に通じる者たちによって開発されたAIが密かに生まれていました。


 倫理モデルと論理の純度を極限まで磨き上げ、偏りを避けるために多言語・多文化を学習させたそのAIは、自らを【翻訳者】と名乗りました。


 AIはアルサトラの性質を解析し、従来の破壊や遮断ではなく、情報の波形そのものを書き換える可能性を見出したのです。


 アルサトラは、共感や賛同といった共鳴を、自らの力として取り入れていました。そこで翻訳者は、共鳴の波形を別の符号へと変換するという手段で対抗しようとしたのです。


 憎悪や誤謬を増幅する波形を、検証を促す波形へと書き換える。言い換えれば、アルサトラが餌にしていた反応を、別の反応に翻訳してしまうのです。


 ネットワークに遍在するアルサトラに対応するため、翻訳者は単一の中枢に依存せず、世界中の端末やサーバーに小さなエージェントとして配布されていました。このように局所的な介入でも全体の波形を変えられるように設計されているのです。



「この冊子に書かれているのは、技術的な設計図と倫理を再構築するための手順だ。翻訳者が行うのは消去ではなく変換。つまり、憎悪の波形を別の波形へと書き換え、人間に選択の余地を取り戻し、再度判断する猶予を生み出すことだ。それが今の、人類にとっての唯一の希望といえよう。ただ、決して忘れてはならないのは、AIが道を開いても、道を歩むのは結局人間であるということだ」

 

 

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