第5章 シンディ (2)
絶対的な支配者を失った大国は、あたかも嵐の中を迷走する巨船のようでした。経済は破綻寸前で、国民は日々食料を求めて長い列を作っていたのでした。
その混乱の中で、新たな舵取り役として選出されたのが【マイケル】という人間の男性でした。
彼は魔法も使えず、特別な家系の血を受け継いだわけでもない、ただの政治家に過ぎません。
しかし、彼にはアリスにはなかった強力な武器を携えていました。それは現実を直視することができる目だったのです。
「もはや、秘密と恐怖でこの国を縛ることはできない」
演壇に立ったマイケルが国民に向けて掲げた目標は、政府にとって都合が悪いと隠し続けられてきた情報の開示と国家構造の再建でした。
アリスが築いた鉄壁の情報統制を解除し、西側の文化や情報の流入も認めました。同時に、硬直化した計画経済を放棄し、市場原理の導入を決定したのです。
マイケルのこの決断は、世界に凄まじい衝撃を与えました。
アリスの知性に従い、東側の陣営として歩調を合わせてきた近隣諸国もまた、政治改革の波に飲み込まれ、新体制へと移行する動きが連鎖的に広がっていったのです。
長年にわたり東西の交流を隔ててきた壁は、文字通り崩壊しました。
抑圧されていた自由への渇望は誰にも止められず、冷戦という対立構造は、マイケルのペン一つで書き換えられていったのです。
世界は平和の訪れを歓迎しましたが、マイケル自身は知っていたでしょう。
パンドラの箱を開けた代償として、自らの国が解体されていく運命にあることを。
急激な自由化は、同時に忘れ去られていた格差や混乱という名の魔物を呼び戻すことにもなるのです。
失業の増加や物価の変動、治安の悪化といった現実が表面化し、人々は自由の対価の重さを痛感するようになりました。
自由というものの対価が、これほどまでに重いものであることを、人々は、マイケルの背中を通して学び始めたのです。




