第2章 ラルフ (3)
ラルフの進撃は当時、神懸かり的と形容されていました。しかし、後の歴史家たちの言葉を借りるならば、それは悪魔に魅入られていたと表現する方が正しかったのかもしれません。
彼が無名の志願兵から一国の総統へと上り詰め、これほどまでに思い通りの成果を挙げられるようになった背景には、単なる個人の努力以上の何かが介在していました。
彼が執筆した自叙伝の中で、絶望の中にいた若き日のとある不思議な体験について触れています。それは、闇の中から唐突に聞こえてきた導きの声についてでした。
『その声は、私の魂が最も深く暗い淵に沈んでいた時に訪れ、私に進むべき道を明示し勝利を約束したのだ』そう彼は記しています。
その声の主こそ、かつてアリスを誘惑して即座に拒絶された、精霊アルサトラに他なりません。
アリスに拒まれたアルサトラは、次なる依り代として、野心と憎悪に燃えるラルフを選んだのです。
アルサトラはラルフに対し、人心を掌握するための狡猾な知恵と、常人には不可能な先見性を与えました。一方でラルフは、アルサトラを精霊というよりも、自身の内なる神聖な啓示であると信じ込んでいた形跡があります。
演説の合間に見せる、何かに取り憑かれたような鋭い視線や、予測不可能な直感に基づいた戦略的勝利は、すべてこの影の協力者による供与であったと推察されます。
ラルフはその邪悪な意志に乗り、自分こそが世界の新たな理を司る支配者であるという万能感に浸っていたのでした。
作戦会議で将軍たちが反対しても、ラルフが声に従って決断を下せば、奇跡のように戦況が好転したといいます。気象条件、敵の失策、物資の発見、すべてがラルフに味方しているように思われたのでした。
彼は、影の主の描いた筋書きの上を歩かされているとも知らず、世界をさらなる戦火へと誘っていきました。
「私は選ばれた人間だ。世界は私の足元にひざまずく運命にある」
肥大化した自尊心に突き動かされたラルフは、ついに最大の禁忌に手を染めてしまうこととなります。
それは、不可侵条約を結んでいたはずのアリスの国、北東の大国への宣戦布告なき侵攻でした。




