ヒロインが増えたけど、基本的に何も起きない
朝。
起きたくない。
というか、起きてはいるが動きたくない。
布団の中でじっとしていると、外から鳥の声が聞こえる。風がゆっくりと流れて、カーテンが揺れる。
平和だ。
このまま一日が終わってくれてもいい。
「ユウトー!起きてるー!?」
「寝てる」
「起きてるじゃない!」
ドアが勢いよく開いた。
ミリアだ。相変わらず朝から元気すぎる。
「なんで毎回入ってくる」
「呼んでも返事しないからでしょ」
「今した」
「遅い!」
ミリアはずかずかと部屋に入ってきて、机の上に何かを置いた。
「はい、朝ごはん」
「……なんで」
「あなたが作らないから」
「作らなくても生きてる」
「効率が悪いの」
「食べない方が楽」
「だから死ぬって言ってるでしょ!」
このやり取り、何回目だろうか。
もはや挨拶みたいなものだ。
「お兄ちゃーん」
続いて、ひょこっと顔を出すルナ。
「また寝てるの?」
「起きてるけど動いてない」
「それ寝てるのと同じだよ」
やっぱり同じことを言われた。
「ミリアさん、お兄ちゃんどうですか?」
「相変わらずすごい」
「どこが?」
「ここまで何もしないのに成立してるところ」
「それ褒めてる?」
やめてほしい。評価が謎方向に進んでいる。
「ねえユウト」
「なに」
「昨日のあれ、どうやったの?」
「知らない」
「魔物が勝手に地面にめり込むって何?」
「俺も知りたい」
本当に知らない。
気づいたら終わっていた。
理想的すぎる解決だが、説明はできない。
「絶対何かしてるでしょ」
「してない」
「じゃあなんであなたの前でだけ起きるの?」
「運がいい」
「良すぎるでしょ!」
ミリアが頭を抱える。
ルナは楽しそうに笑っている。
「お兄ちゃんすごいね」
「すごくない」
「でもみんな言ってたよ?“あの子やばい”って」
「やばくない」
むしろ普通にしていたい。
というか、放っておいてほしい。
「ねえ、今日どうする?」
「寝る」
「ダメ」
「なんで」
「外出る」
「出ない」
即答した。
「ちょっとくらい動きなさいよ!」
「昨日動いた」
「勝手にでしょ!」
「結果的に動いた」
「それはノーカウント!」
厳しい。
だがこちらも引くわけにはいかない。
「外は疲れる」
「歩くだけ!」
「歩くのが疲れる」
「生きるの向いてないよ」
「知ってる」
会話が綺麗にループしている。
もはや芸術的ですらある。
そのときだった。
「……ずいぶん、騒がしいのね」
聞き慣れない声がした。
部屋の入口に、一人の少女が立っている。
長い銀髪に、どこか気の強そうな目。
明らかにこの村の雰囲気ではない。
「誰?」
「あなたこそ誰よ」
「住人」
「私は客よ」
なんだこの会話。
「ユウト、この子はセリス。昨日言ったでしょ?」
「聞いてない」
「言った!」
「覚えてない」
ミリアがため息をつく。
セリスと呼ばれた少女は、じっとこちらを見ていた。
「……あなたが例の?」
「違う」
「まだ何も言ってないけど?」
「たぶん違う」
予防線は大事だ。
「何もしてないのに魔物を倒したっていう」
「違う」
「否定早すぎない?」
「誤解だから」
セリスは少しだけ目を細めた。
「ふーん……」
「興味なさそうでめっちゃ見てくるな」
「別に。ただ、観察してるだけ」
「やめて」
嫌な予感しかしない。
「ねえセリスさん、お兄ちゃんすごいんだよ!」
「そうなの?」
「石も割れるし、魔物も勝手に倒れるの!」
「違う」
「どっちよ」
セリスの視線が一気に変わった。
「……なるほど」
「違う」
「何もしてないフリをしてるタイプね」
「違う」
「そういうの、一番面倒なのよね」
「こっちが面倒」
増えた。
面倒な人が、増えた。
「ねえユウト」
「なに」
「ちょっと外出なさい」
「出ない」
「なんでよ」
「疲れる」
「何もしてないでしょ!」
「それが忙しい」
完璧な返答だと思う。
「意味わからない!」
「俺もわからない」
だがそのとき。
【生活最適化:軽い外出が推奨されます】
「……またか」
「なに?」
「いや、なんでもない」
体が勝手に動いた。
立ち上がる。
扉に向かう。
「ちょっと!?素直すぎない!?」
「俺の意思じゃない」
「こわい」
外に出る。
今日も平和だ。
……のはずだった。
「ユウトくん!」
村人のおじさんが走ってきた。
「さっきの魔物の件、もう噂になってるぞ!」
「やめて」
早い。広がるのが早い。
「すごいなあ!あんなの一瞬で――」
「何もしてない」
「またまた〜」
【誤解誘導が発動しました】
「やっぱり只者じゃないな!」
「やめて」
周囲の視線が集まる。
ミリアはドヤ顔。
ルナはにこにこ。
セリスは腕を組んで頷いている。
「……確定ね」
「何が」
「この人、やばい人」
「やばくない」
完全に詰んだ気がする。
「ねえユウト」
「なに」
「これからどうするの?」
どうもしない。
答えは決まっている。
「帰る」
「早い!」
「寝る」
「ダメ!」
三方向から否定された。
……面倒だ。
だが。
少しだけ、ほんの少しだけ。
騒がしいのも悪くないと思ってしまったのは。
「……気のせいだな」
俺はそう言って、再び家の中へ戻った。
【次回:なぜか依頼を受けることになり、でも何もせずに終わります】




