働きたくないので寝てたら、全部勝手に終わってました
俺は、働きすぎて死んだ。
たぶん。
最後の記憶は、デスクに突っ伏したままの視界と、パソコンの白い画面だ。終電はとっくに逃していて、上司の声が遠くで反響していた気がする。
――まあいい。
どうせろくな人生じゃなかった。
だからこそ、次があるなら決めていた。
「絶対に働かない」
目を開ける。
見知らぬ木の天井。鼻に入るのは、土と草の匂い。体を起こすと、視界が妙に低い。
手を見る。小さい。指も短い。
「……転生か」
あっさり理解した。前世の記憶ははっきり残っている。状況もテンプレ通りだ。
なら、やることは一つ。
「何もしない」
これに尽きる。
努力しない。頑張らない。働かない。
楽に、静かに、生きる。
完璧な計画だ。
【スキルが解放されました】
頭の中に、半透明のウィンドウが浮かぶ。
《生活最適化・改》
→ 最も楽な行動を自動で選択します
《省エネ成長》
→ 動かないほど成長効率が上昇します
《誤解誘導》
→ 周囲が都合よく解釈します
「……神か?」
思わずつぶやいた。
つまりこれはこういうことだ。
「何もしないほど強くなる」
理屈が美しすぎる。
前世の俺が泣いて喜ぶ設計だ。
それから数年。
俺は徹底して何もしなかった。
朝起きる。
眠いので寝る。
昼に起きる。
面倒なのでそのままぼーっとする。
夜になる。
なんか元気。
最高だ。
畑仕事は断った。
剣の訓練も断った。
魔法の勉強?知らない。
村の大人たちは最初こそ渋い顔をしていたが、気づけば何も言わなくなった。
なぜか。
【生活最適化:周囲の干渉を最小化しました】
「優秀すぎるだろ」
俺は今日も布団の上で転がる。
風が窓から入り、カーテンが揺れる。外では誰かが井戸の水を汲んでいる音がする。
平和だ。
このまま一生終わっていい。
そう思った、そのとき。
「ユウトー!起きてるー!?」
「寝てる」
「起きてるじゃない!」
ドアが勢いよく開いた。
赤みがかった髪を後ろで束ねた少女が、ずかずかと部屋に入ってくる。
「なんで入ってくる」
「鍵かかってなかったから」
「かける文化が欲しい」
「はいこれ、朝ごはん」
パンとスープが机に置かれる。
「……なんで?」
「あなたが作らないからでしょ」
「作らなくても生きてる」
「効率悪いの」
「食べない方が楽」
「死ぬわよ」
「それは困る」
この少女、ミリアという。
数日前に村に来てから、なぜか俺の生活に入り込んできた。
理由は不明。聞いても教えてくれない。
「で、今日は外出るよ」
「出ない」
「即答やめて」
「外は疲れる」
「歩くだけ!」
「その“だけ”が無理」
「生きるの向いてないよ」
「知ってる」
ミリアは大きくため息をついた。
「はあ……ほんと放っておけない」
「放っておいてほしい」
「無理」
会話が平行線のまま進む。
だがなぜか、こういうやり取りは嫌いじゃない。
いや、嫌いではある。面倒だし。
でも、前世よりは遥かにマシだ。
「お兄ちゃーん」
もう一人、ひょこっと顔を出した。
金色の髪をゆるく揺らしながら、にこにこと笑っている。
「ルナ」
「また寝てたの?」
「起きてたけど動いてない」
「それ寝てるのと同じだよ」
妹だ。
この世界での家族。なぜかやたら懐かれている。
「ミリアさん、お兄ちゃんどうですか?」
「すごい」
「どこが?」
「何もしてないのに完成してる感じ」
「それ褒めてる?」
やめてほしい。評価の方向が怖い。
「ねえお兄ちゃん」
「なに」
「この前、石割ってたよね?」
「割れてただけ」
「どういうこと?」
「手を置いたら勝手に割れた」
「こわい」
ミリアが一歩引いた。
やっとまともな反応が出た気がする。
【誤解誘導が発動しました】
「……なるほど」
ミリアが腕を組む。
「力を隠してるタイプね」
「違う」
「そういうところが怪しいの」
「やめて」
面倒な方向に進んでいる。
非常にまずい。
俺はこのまま布団に戻ろうとした――そのとき。
【生活最適化:適度な外出は総合効率を向上させます】
「裏切り者」
「なに?」
「いや、なんでもない」
体が、勝手に起き上がった。
立ち上がる。外に向かう。
「ちょっと!?素直すぎない!?」
「俺の意思じゃない」
「こわい」
外は快晴だった。
村の広場には人がいて、子供たちが走り回っている。平和そのもの。
……のはずだった。
「魔物だー!!」
誰かの叫び声が響いた。
空気が一気にざわつく。
「……帰る」
「早い!」
「今ならまだ間に合う」
「何が!?」
だが、逃げる前に。
視界の端に、小さな影が見えた。
犬くらいの大きさの魔物が、こちらに向かって走ってくる。
【自動最適化:危険回避を実行します】
「やめろって」
次の瞬間。
俺は一歩も動いていないのに。
魔物は、目の前で転んで――そのまま地面にめり込んだ。
動かない。
「……え?」
「今、何したの?」
「知らない」
「いや絶対何かしたでしょ!?」
「してない」
ルナがぱちぱちと拍手した。
「お兄ちゃんすごーい」
「すごくない」
周囲の大人たちがざわめく。
「今の見たか……?」
「動いてないぞ……?」
「やっぱりあの子……」
【誤解誘導が発動しました】
「……やっぱり」
ミリアがじっとこちらを見る。
「とんでもないの拾っちゃったかも」
「拾われてない」
面倒なことになった。
確信する。
この世界、どうやら俺を放っておいてくれないらしい。
それでも。
「帰る」
俺は踵を返した。
どれだけ騒がれようが関係ない。
俺はただ――
「寝る」
そう決めている。
絶対に。
だがその背後で。
「ユウト、ちょっと待ちなさい!」
「お兄ちゃんすごかった!」
「ねえ今のどうやったの!?」
声が追いかけてくる。
……うるさい。
でも少しだけ、悪くないと思ってしまったのは。
たぶん気のせいだ。
【次回:ヒロインが増えて、さらに何も起きなくなります】




