なぜか宗教っぽいものができ始めていますが、関係ありません
朝。
起きている。
目は閉じている。
これは寝ている。
……はずだが、最近は起きている時間のほうが長い気もする。
だが定義がすべてだ。
閉じていれば寝ている。
【省エネ成長:安定上昇】
「完璧」
外が静かだ。
静かすぎる。
昨日までの“賑やかな静寂”ではなく、何かを待っているような静けさ。
風はある。
だが音が整いすぎている。
均一。
まるで、誰かが“音量を揃えた”みたいに。
「ユウトー……」
「いない」
ドアの向こう、ミリアの声。
今日はやけに慎重だ。
「いるでしょ」
「いない」
開く。
「……来てる」
「来てない」
短い応酬。
だが、いつもよりゆっくりだ。
「ちょっと、見てほしいものがある」
「見ない」
反射で答える。
「外」
「見ない」
セリスが後ろから入ってくる。
「今回は“見ない”が通らないかも」
「通す」
通したい。
「……増えすぎたわ」
嫌な言葉だ。
“増えた”はだいたい良くない。
「何が」
聞いてしまった。
ミリアが一瞬だけ言葉を選ぶ。
「人……かな」
「帰る」
まだ外に出ていないのに帰りたい。
ルナが窓のほうで小さく声を上げる。
「お兄ちゃん、白いのいっぱいある」
「見ない」
白いのはだいたい良くない。
「師匠……ついに……!」
「違う」
リィナの震え方が昨日より強い。
危険信号だ。
だが、そのとき。
【生活最適化:状況把握を強く推奨】
「……一瞬」
負けた。
外へ。
「……やめて」
家の前。
いや、もう“前”ではない。
そこは――
整列した人の海だった。
白。
白い服。
簡素だが、統一されている。
年齢も、性別もバラバラ。
だが全員、静かだ。
そして。
全員が、同じ方向を見ている。
「……こっち見てる」
当然だ。
家はここにある。
「静かすぎるね」
ミリアが小さく呟く。
ざわめきがない。
呼吸音だけが、揃っている。
「……何これ」
誰も答えない。
だが、前のほうから一人、進み出る。
見覚えがある。
「……リオナ」
商人。
今回も関係している顔だ。
「おはようございます」
「帰って」
即答。
「新しい段階に入りました」
「入らない」
拒否。
だがリオナは淡々と続ける。
「“無為流”の思想が、より広く受け入れられた結果――」
嫌な言い回しだ。
「“無為教”として体系化されました」
「やめて」
完全にアウト。
「宗教じゃない」
即訂正。
「ええ、宗教ではありません」
安心しかける。
「ですが信仰対象は存在します」
「やめて」
同じだ。
リオナが指を軽く上げる。
「朝の儀式を」
「しない」
だが。
全員が、同時に目を閉じた。
静止。
完全に。
「第一段階:静止」
誰かが小さく呟く。
「第二段階:同調」
呼吸が揃う。
風が、ゆっくり整う。
【無意識スキル発動:環境最適化】
空気が、柔らかくなる。
「……やめて」
それっぽくなるな。
「第三段階:無為」
全員が、何もしない。
だが、その“何もしなさ”が、場を支配する。
静か。
だが満ちている。
「……できてる」
セリスが小さく言う。
「理屈はおかしいけど、現象は成立してる」
「してない」
してほしくない。
数秒。
いや、数十秒かもしれない。
ゆっくりと、全員が目を開ける。
その瞬間。
拍手が起きた。
「……?」
「素晴らしい……!」
「今、感じた……!」
何を。
【誤解誘導が発動しました】
「“無為王”の加護だ……」
「ここは聖地だ……!」
「やめて」
ワードが強い。
リオナが満足そうに頷く。
「巡礼も始まっています」
「始めないで」
「すでに街からの来訪者が増加中です」
「減らして」
無理だろう。
ミリアが笑いをこらえている。
「完全にそれだね」
「違う」
セリスが静かに分析する。
「“何もしない”が、解釈の余地を無限に広げてる」
やめてほしい。
「言葉が少ないほど、受け取り手が埋める」
「埋めないで」
だが、もう埋まっている。
ルナが楽しそうに言う。
「お兄ちゃん、すごい場所になってる!」
「違う」
違うが、もう遅い。
そのとき。
一人の老人が前に出る。
「お言葉を……」
「ない」
即答。
「一言でよいのです」
「ない」
強く否定。
だが。
全員が、待っている。
静かに。
【生活最適化:最小発言】
「……何もしない」
言ってしまった。
一瞬の沈黙。
そして。
「……やはり」
誰かが震える声で言う。
「それが答え……!」
「違う」
だが止まらない。
「無為こそが真理……!」
「行動の先にある静止……!」
増幅していく。
ミリアが肩を震わせている。
「ダメだ、これ」
「止めて」
セリスも小さく息を吐く。
「完全に完成してるわね」
やめてほしい。
リオナが軽く一礼する。
「さらに拡張していきます」
「やめて」
止まらない。
もう止まらない。
「……帰る」
限界。
家へ。
布団へ。
「……疲れた」
本当に何もしていないのに。
「ユウト、どうするのこれ」
ミリアが笑いながら聞く。
「どうもしない」
それしかない。
セリスが静かに言う。
「思想になった時点で、個人の手を離れる」
知っている。
だから嫌だった。
ルナは嬉しそうだ。
「お兄ちゃんすごい!」
「違う」
リィナは完全に涙目だ。
「師匠……導き……!」
「違う」
【省エネ成長:大幅上昇】
「いいね」
何もしないほど、全部進む。
「寝る」
目を閉じる。
外では、また静かに人が集まっている。
声はない。
だが確実に――増えている。
「……知らない」
【次回:なぜか“聖地化”して建物が建ち始めますが、許可していません】




