本部の偉い人が来たけど、家から出ません
朝。
起きている。
今日は動かないと、昨夜から決めている。
【省エネ成長:安定上昇】
「完璧」
外がやけに静かだ。
昨日までのざわつきが、嘘みたいに消えている。
……嵐の前、というやつかもしれない。
「ユウトー……」
「いない」
ドアの向こうから、ミリアの声。
いつもより低い。珍しい。
「いるでしょ」
「いない」
開いた。
「来てる」
「来てない」
短い応酬。
だが今回は、重さが違う。
「本部の人たち」
「帰ってもらって」
即答。
「それがね、帰らないの」
「帰らせて」
セリスが後ろから入ってくる。
「村の入口で待機してる」
「いいこと」
「よくないのよ」
ルナもひょこっと顔を出す。
「なんか、キラキラした人たちだよー」
「見ない」
見ない。絶対に見ない。
「師匠、ついに頂点が……!」
「違う」
リィナの語彙が危険だ。
「とにかく」
ミリアが腕を組む。
「どうするの?」
答えは決まっている。
「出ない」
静かに言った。
「交渉くらいは……」
「しない」
ぶれない。
ここで折れると全部崩れる。
【生活最適化:接触回避を推奨】
「……正しい」
自分でうなずいた。
「でも向こう、来るよ?」
「来なくていい」
そのとき。
コンコン。
ノック。
初めて、まともなノックが鳴った。
「……珍しい」
静かすぎる音。
逆に怖い。
「入っていいだろうか」
落ち着いた女性の声。
低く、よく通る。
「よくない」
返した。
「……返答はもらったが、入る」
「やめて」
ドアが、静かに開いた。
入ってきたのは、一人の女性。
長い黒髪。無駄のない動き。視線が鋭い。
空気が、少し変わる。
「初めまして」
軽く頭を下げる。
「ギルド本部、測定監査官。エリナだ」
「そう」
帰ってほしい。
「外で騒がしくするのは本意ではないのでね」
「いいこと」
室内で完結するなら、それはそれで助かる。
「単刀直入に言おう」
「帰る」
「まだ何も言っていない」
正論だが、帰ってほしい。
「昨日の測定器の件」
「知らない」
先手。
「非接触での過負荷破損」
「壊れた」
認識は一致している。
「通常、ありえない」
「そう」
それはそうだろう。
「確認が必要だ」
「不要」
だが、エリナは一歩も引かない。
「ここで終わらせる」
短い言葉。
だが、圧がある。
「何もしなくていい」
「いい」
そこだけ拾う。
「立たなくていい」
「いい」
さらにいい。
「座っているだけでいい」
「それは完璧」
条件が揃った。
「では、始める」
エリナが小さな装置を取り出す。
昨日よりもコンパクト。だが、嫌な気配がある。
「遠隔観測型だ」
俺は布団の上に座ったまま。
何もしない。
【生活最適化:観測環境を調整】
空気が、また整う。
呼吸が楽になる。
それだけ。
装置が、静かに光る。
「……正常起動」
エリナがつぶやく。
「数値取得開始」
部屋が、少しだけ静かになる。
全員が見ている。
やめてほしい。
「基礎値……異常なし」
よかった。
普通だ。
だが。
【無意識スキル発動:最適化】
装置の光が、変わる。
「……?」
エリナの眉が動く。
「数値が……揺れている?」
小さく上下する。
安定しない。
「おかしいな……」
さらに、揺れる。
上へ。
下へ。
そして。
止まらない。
「……上昇?」
ゆっくり。
だが確実に。
「……ありえない」
エリナの声が、初めて揺れた。
数値が、跳ねる。
「上限設定……解除されている?」
ピッ、と音が鳴る。
装置の光が、急に静かになった。
そして。
スッ、と消えた。
沈黙。
「……終了?」
ミリアがつぶやく。
エリナは、動かない。
「……どう?」
セリスが聞く。
数秒。
エリナが、ゆっくりと息を吐いた。
「……測定不能」
短い結論。
「規格外だ」
「違う」
違うのに。
「ここまで来ると、数値化自体が意味を持たない」
静かな断言。
部屋がざわつく。
「すごい……」
「やっぱり……」
【誤解誘導が発動しました】
「確定ね」
セリスが小さく言う。
「何が」
「やばい人」
「やばくない」
エリナがこちらを見る。
さっきよりも、少しだけ柔らかい目で。
「君に一つだけ、頼みがある」
「ない」
拒否。
「街に来い、とは言わない」
「いい」
助かる。
「だが」
嫌な予感。
「必要なときは、こちらから来る」
「来なくていい」
ダメだった。
「それでいいな」
「よくない」
だが、もう決まっている顔だった。
「では、今日はこれで失礼する」
エリナは軽く頭を下げて、部屋を出た。
静寂。
「……帰った?」
「帰ったわね」
ミリアが息を吐く。
「すごかったね……」
「何もしてない」
ルナが笑う。
「お兄ちゃん、またピカピカだった」
「知らない」
リィナは震えている。
「師匠……次元が違う……」
「違う」
【省エネ成長:大幅上昇】
「いいね」
結局、何もしていない。
だが、全部進んでいる。
「寝る」
それが一番、効率がいい。
【次回:なぜか指名依頼が来て、でも受ける気がありません】




