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第1章・第8話『音を断つもの』

力を鍛えるということは、時に“奪う”ことでもある。


 頼っているものを失ったとき、

 それでも立っていられるかどうか。


 それが本当の強さを決める。


 歌えないとき、少女は何ができるのか。

 そして――歌そのものを封じられたとき。


 その答えが、いま試される。

 学院の裏門を抜けた先。


 人気のない石畳の路地に、アルルは立っていた。


「……ほんとに、ここでいいの?」


 少し不安げに周囲を見回す。


「いいよ。誰も来ないし」


 あの女性――名乗ってはいないが、軽い調子のまま答える。


「……セレス、止めてたけど」


「まあ、あの子は正しいよ」


 あっさりと言う。


「君、今めちゃくちゃ無防備だからね」


「え……?」


 さらっと怖いことを言われ、アルルが固まる。


 女性はくすっと笑った。


「だからこそ、教える価値がある」


 その目が、少しだけ鋭くなる。


「――歌、使ってみて」


---


 アルルは、少し迷ってから頷く。


 目を閉じる。


 息を整える。


 そして――歌う。


---


 だが。


 **音が、消えた。**


「……え?」


 自分の声が、聞こえない。


 喉は動いている。


 でも、音が“存在しない”。


「なに、これ……!?」


 慌てて口を押さえる。


 女性は平然としていた。


「“消音”」


 短く言う。


「音を断つ結界。歌唱系の魔術対策としては基本中の基本」


「そんな……!」


 アルルの顔が青ざめる。


(歌えない……)


 つまり――


(何も、できない……)


---


「ほら」


 女性が指を鳴らす。


 目の前に、簡易的な錬成素材が現れる。


「やってみなよ」


「……え?」


「歌なしで」


 軽く言う。


 でもそれは、アルルにとっては絶望的な条件だった。


---


(……できない)


 わかっている。


 今まで、歌なしでは一度も成功していない。


 それでも――


「……やる」


 震える手で素材を持つ。


 魔力を流す。


 だが。


 ぐらぐらと不安定に揺れる。


「っ……」


 制御できない。


 いつもの感覚がない。


 支えがない。


 そして――


 **パチン**と、小さく弾けて終わる。


 失敗。


---


「うん、予想通り」


 女性はあっさりと言う。


「……」


 アルルは俯く。


 悔しい。


 何もできなかった。


---


「じゃあ次」


「え……?」


「もう一回やるよ」


 女性は一歩近づく。


「今度は、“歌えない前提”で考えて」


「そんなの……」


「あるでしょ?やり方」


 アルルは顔を上げる。


「歌ってるとき、何してる?」


「……え」


「無意識じゃなくて、ちゃんと考えてみなよ」


 その言葉に、思考が止まる。


---


(歌ってるとき……)


 思い出す。


 魔力の流れ。


 整う感覚。


 素材との“つながり”。


「……合わせてる」


 ぽつりと呟く。


「魔力を……流れに、合わせてる」


「それ」


 女性が頷く。


「じゃあ、歌わずにやってみなよ」


---


 もう一度。


 アルルは目を閉じる。


 音はない。


 でも――


(流れは、ある)


 感じる。


 自分の中の魔力。


 外の気配。


 それを、“なぞる”ように。


「……っ」


 ゆっくりと、慎重に。


 そして――


 ほんのわずかに、光が灯る。


---


「……!」


 アルルの目が見開かれる。


 完全な成功ではない。


 でも――


(できた……!?)


---


「はい、そこまで」


 女性が手を振る。


 次の瞬間、音が戻る。


 風の音。


 自分の呼吸。


「……聞こえる」


 思わず呟く。


---


「今のが“基礎”」


 女性は言う。


「歌は補助。あくまで“増幅装置”」


「増幅……」


「それに頼りきってたら、そりゃ止められたら終わりでしょ」


 容赦ない言葉。


 でも、正しい。


---


「……あなた、誰なんですか」


 アルルは静かに問う。


 女性は少しだけ笑った。


「名乗ってなかったね」


 軽く手を振る。


「ミレイア。ミレイア・ノクス」


 その名前は、どこか冷たい響きを持っていた。


「ちょっと特殊な仕事してるだけ」


 さらりと言う。


 だが、その“特殊”が何かは、明かさない。


---


「……また教えてくれるんですか」


 アルルの問い。


 ミレイアは一瞬だけ考えて――


「気が向いたらね」


 と、軽く答えた。


「ただし」


 指を一本立てる。


「次はもう少しマシな成果見せて」


 少しだけ厳しい目。


「期待してるんだから」


---


 その言葉を残して、ミレイアは去っていく。


---


 ひとり残されたアルル。


「……歌えなくても、できる」


 小さく呟く。


 まだ不完全。


 でも確かに――


 一歩、進んだ。


---


 遠くから、その様子を見ていた影があった。


「……接触、確認」


 低い声。


「対象ミレイア・ノクス。行動継続中」


 記録が取られる。


「……どうする」


 わずかな間。


 そして――


『監視を続行』


 冷たい判断。


---


 アルルはまだ知らない。


 自分に手を差し伸べたその人物が、

 どれほど危険な側にいるのかを。



第8話です。


 今回は「歌が使えない状況」と「基礎への回帰」を描きました。


 アルルにとって歌は強みですが、同時に弱点でもあります。

 それを強制的に突きつけたのがミレイアです。


 そして彼女の名前が明かされました。

 ここから少しずつ、“組織側の人間”としての側面が見えてきます。


 アルルは一歩成長しましたが、同時に危険な領域にも踏み込んでいます。

 セレスが警戒する理由も、ここからはっきりしてくるでしょう。

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