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第1章・第9話『交わらない理』

 人は、自分の信じる“正しさ”によって動く。


 それがどれほど相手を傷つけるとしても、

 その選択に迷いはない。


 理論か、感覚か。

 安全か、可能性か。


 どちらが正しいのかではない。

 どちらを“選ぶのか”という話だ。


 そして時に――

 選択は、人と人とを遠ざける。

 翌日。


 アルルはいつもの実習室にいた。


 手の中の素材を見つめる。


(……やってみよう)


 昨日のことを思い出す。


 歌がなくても、少しだけできた。


 なら――


 深呼吸。


 目を閉じる。


 歌わない。


 ただ、感じる。


 魔力の流れを、なぞる。


「……っ」


 ゆっくりと、慎重に。


 そして――


 淡い光が、灯った。


---


「……できた」


 小さく呟く。


 完全ではない。


 でも確かに、“歌なし”で成立している。


 その瞬間。


「……何をしているの」


 冷たい声。


 振り向くまでもない。


「セレス……」


 そこには、腕を組んだセレスが立っていた。


 その目は、明らかに険しい。


---


「昨日、誰と会っていたの」


 唐突な問い。


「え……?」


「答えなさい」


 逃がさない口調。


 アルルは一瞬、言葉に詰まる。


「……ミレイア、って人」


 正直に答える。


 その瞬間、セレスの表情が変わった。


「……やはり」


 小さく呟く。


「知ってるの?」


「ええ」


 はっきりと頷く。


「関わるべきではない人物よ」


 断言。


---


「でも……!」


 思わず声が出る。


「教えてくれたんだよ。歌がなくてもやれる方法」


「だから何?」


 即座に返される。


「出所の不明な技術を、無警戒に受け入れるの?」


「出所って……」


「その女は“管理局”の人間よ」


 空気が、凍る。


---


「……管理局?」


 聞き慣れない言葉。


 だが、その響きは軽くない。


「禁忌技術の監視と封印を行う組織」


 淡々と説明する。


「あなたの力を最も危険視している側の人間」


「え……?」


 アルルの顔が青ざめる。


---


「どうして、そんな人が……」


「決まっているでしょう」


 セレスは一歩近づく。


「観察、もしくは誘導」


「誘導……?」


「あなたの力を、管理しやすい形にするために」


 その言葉は、鋭く突き刺さる。


---


「……違う」


 アルルは小さく言う。


「そんな感じじゃなかった」


「あなたにはそう見えただけよ」


 即座に否定。


「相手は専門家。感情の誘導くらい、いくらでもできる」


「でも……!」


「甘いわ」


 ぴしゃりと遮られる。


 その一言に、アルルは言葉を失う。


---


 沈黙。


 重い空気。


「……どうするの」


 セレスが問う。


「それでも関わるの?」


 選択を迫る言葉。


---


 アルルは、ぎゅっと手を握る。


 怖い。


 不安。


 でも――


「……わたし」


 ゆっくりと顔を上げる。


「もっと、知りたい」


 その声は、小さいけれど確かだった。


「この力のこと」


「……」


「どうやったら、ちゃんと使えるのか」


 真っ直ぐな瞳。


「だから……逃げたくない」


---


 セレスは、しばらく黙っていた。


 やがて、静かに息を吐く。


「……愚かね」


 ぽつりと呟く。


 だがその声は、どこか柔らかかった。


---


「なら、条件がある」


「え……?」


「私も関わる」


 はっきりと言う。


「あなた一人で判断させるわけにはいかない」


「セレスも……?」


「ええ」


 腕を組む。


「監視よ」


 いつもの言い方。


 でも――


「……それでいいなら、好きにしなさい」


 ほんの少しだけ、歩み寄った言葉だった。


---


「……ありがとう」


 アルルは小さく笑う。


 セレスは何も答えない。


 ただ、そっぽを向いた。


---


 その様子を、少し離れた場所で見ている影があった。


「……接触拡大、確認」


 静かな記録。


「対象、単独行動から複数へ移行」


 わずかな沈黙。


「……面倒になってきたな」


 小さく呟く。


---


 別の場所。


 ミレイアは、ひとり壁にもたれていた。


「……ふーん」


 楽しげに笑う。


「連れてきたか」


 その目は、鋭く細められる。


「いいよ」


 小さく呟く。


「まとめて見てあげる」


---


 選択は、広がった。


 ひとりではなく、ふたりで踏み込む領域へ。


 それが何をもたらすのかは、まだ誰にもわからない。



 第9話です。


 今回は「セレスとの衝突と共闘の始まり」を描きました。


 セレスは正しい立場から反対しています。

 そしてアルルもまた、自分の意思で進もうとしています。


 つまり今回の対立は、“どちらも正しい”構図です。


 その上でセレスが折れたのは、アルルを見捨てなかったから。

 この関係の変化はかなり重要なポイントになります。


 また、「管理局」という言葉が出てきたことで、

 世界の構造も少しずつ見え始めました。


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