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第1章・第6話『調律のはじまり』

乱れた音は、やがて全体を崩す。


 どれほど美しい旋律も、ひとつの揺らぎで歪むように。

 力もまた、わずかな心の乱れに影響される。


 ならば必要なのは、強さではない。


 ――整えること。


 自分自身を知り、受け入れ、そして“調律する”こと。


 それができたとき、はじめて力は意味を持つ。

 学院の裏手にある、小さな庭園。


 授業の合間、人の少ないその場所で、アルルはひとり立っていた。


「……ふぅ」


 深く息を吐く。


 目を閉じる。


(こわい、って思ったら……ダメ)


 昨日の失敗が、頭をよぎる。


 胸の奥が、少しだけざわつく。


「……ううん」


 小さく首を振る。


(消すんじゃなくて……)


 思い出す。


 セレスの言葉。


 “制御しなさい”。


 リュクスの言葉。


 “途中まではできてた”。


「……ちゃんと、感じる」


 目を閉じたまま、そっと呟く。


 怖さも、不安も、そのまま受け止める。


 逃げない。


 押し込めない。


 その上で――


 歌う。


---


 小さな旋律が、庭に広がる。


 風が、やわらかく揺れる。


 今までとは違う。


 無理に整えようとしない。


 ただ、流れに合わせる。


「……っ」


 魔力が、応える。


 乱れない。


 ゆっくりと、自然に。


 まるで、呼吸のように。


「……できてる」


 目を開く。


 そこには、穏やかな光。


 暴れない、優しい錬成。


---


「……なるほど」


 背後から、静かな声。


 振り向くと、セレスが立っていた。


「また見てたの!?」


「観察と言いなさい」


 いつもの調子。


 だが、その目は真剣だ。


「今の……以前より安定している」


「ほんと?」


「ええ。無理に抑え込んでいない」


 アルルは少しだけ驚く。


「わかるの?」


「見ればね」


 当然のように言う。


「……感情を排除するのではなく、共存させる方向に変えたのね」


「共存……」


「理論としては未熟だけど、方向性は間違っていない」


 それは、セレスなりの“評価”だった。


---


「おー、いい感じじゃん」


 リュクスも合流してくる。


「さっきの、すごく安定してたよ」


「えへへ……ちょっとだけ、わかった気がする」


 アルルは照れたように笑う。


 その空気は、少しだけ穏やかだった。


---


 ――そのとき。


「……いい歌だね」


 聞き慣れない声が、静かに落ちた。


 三人の動きが止まる。


 振り向く。


 そこには、ひとりの女性が立っていた。


 見慣れない制服。

 学院の生徒ではない。


「……誰?」


 セレスが一歩前に出る。


 警戒。


 だが女性は、穏やかに微笑んだ。


「そんなに構えなくてもいいよ」


 ゆっくりと歩み寄る。


「ちょっと、興味があってね」


 その視線は、まっすぐアルルに向けられていた。


「歌いながら錬成する子がいるって聞いて」


 空気が、変わる。


 アルルの心臓が、強く跳ねる。


「……あなた、名前は?」


「え、えっと……アルル、です」


「アルル、ね」


 女性は頷く。


「いい名前だ」


 そして――


「その力、大事にしたほうがいい」


 優しく、しかしどこか含みのある声。


「扱い方を間違えると――壊れるから」


「……っ」


 その言葉に、アルルの背筋がぞくりとした。


---


「……用件はそれだけ?」


 セレスが冷たく問う。


 女性は肩をすくめる。


「うん、今日はね」


 くるりと背を向ける。


「また会うかもね」


 軽い調子でそう言い残し、去っていく。


---


 しばらく、誰も口を開かなかった。


「……誰、あれ」


 リュクスが小さく呟く。


「学院の人間じゃないわ」


 セレスは即答する。


 その目は、完全に警戒していた。


---


 アルルは、まだ動けずにいた。


(……壊れる)


 さっきの言葉が、頭から離れない。


 自分の歌。


 自分の力。


 それが――


「……大丈夫?」


 リュクスが心配そうに覗き込む。


「う、うん……」


 答える。


 でも、胸の奥には小さな影が落ちていた。


---


 遠く、建物の陰。


 先ほどの女性が、静かに振り返る。


「……やっぱり、ね」


 小さく呟く。


「まだ未完成。でも……」


 その目は、どこか楽しげだった。


「放っておくには惜しい」


 風が吹く。


 その姿は、いつの間にか消えていた。


---


 アルルの世界は、少しずつ広がっていく。


 それと同時に――


 “外”からの手も、確かに伸び始めていた。





 第6話です。


 今回は「内面の成長」と「外部からの初接触」を同時に描きました。


 アルルは“感情を消す”のではなく、“受け入れる”ことで安定に近づきます。

 これは今後の彼女の大きな軸になります。


 そしてついに、組織側の人間が直接登場しました。

 まだ敵とも味方とも言えない立ち位置ですが、確実に物語に関わってきます。


 セレスの警戒、リュクスの支え、アルルの不安。

 それぞれが少しずつ重なり始めています。

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