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第1章・第5話『揺れる旋律』

力とは、使えるだけでは意味がない。


 それを“制御できるかどうか”で、価値は大きく変わる。


 特に――感情に依存する力はなおさらだ。


 喜びも、不安も、迷いも。

 すべてがそのまま“結果”に現れるのなら。


 未熟な心は、やがて力を歪める。


 少女はまだ知らない。

 歌が“乱れる”ということの意味を。

 数日後。


 アルルの周囲は、少しだけ変わっていた。


 露骨に避けられるわけではない。

 だが、距離がある。


「……やっぱり、見られてるよね」


 小さく呟く。


「まあね」


 隣でリュクスが苦笑する。


「珍しいことしてるし」


「珍しいっていうか……変、だよね」


「それ、まだ気にしてるの?」


「だって……」


 言いかけて、言葉を飲み込む。


 ――普通じゃない。


 セレスの言葉が、頭に残っていた。


---


 その日の実習。


 課題は少し難易度が上がり、“複合素材の安定錬成”。


 複数の素材を同時に制御する必要がある。


(……ちゃんと、やらないと)


 アルルは深呼吸をする。


 視線が、気になる。


 教師の目。

 周囲の生徒たちの気配。


 そして――


「……失敗は許されないわよ」


 すぐ後ろから聞こえた、セレスの声。


「っ……」


 悪意はない。


 むしろ、事実だ。


 だがその一言が、胸を強く締めつけた。


---


(落ち着いて……)


 素材を配置する。


 魔力を流す。


 そして――歌う。


 けれど。


 ――わずかに、音が揺れた。


「……あれ?」


 違和感。


 いつもの“整う感覚”が、来ない。


 魔力が、うまく流れない。


(どうして……?)


 焦りが生まれる。


 その瞬間。


 旋律が、乱れる。


「っ――!」


 魔力が跳ねる。


 素材が不安定に震える。


「危ない!」


 誰かの声。


 次の瞬間――


 **バンッ!!**


 強い衝撃とともに、光が弾けた。


---


「きゃあっ!」


 アルルは吹き飛ばされ、床に倒れる。


 視界がぐらぐらと揺れる。


「……っ……」


 耳鳴り。


 焦げた匂い。


 そして――静寂。


---


「……無事か」


 教師の声が降ってくる。


「は、はい……」


 かすれた声で答える。


 身体は動く。


 だが、胸の奥がざわついていた。


(……今の……)


 ただの失敗じゃない。


 “制御できなかった”。


 はっきりと、そうわかる。


---


「……やはり、不安定ね」


 セレスが静かに言う。


 責める声ではない。


 だが、鋭い。


「感情に左右される以上、再現性はあっても安定性に欠ける」


「……」


 アルルは何も言えない。


「でも」


 リュクスが割って入る。


「今の、途中まではうまくいってた」


「……え?」


 アルルが顔を上げる。


「魔力、途中まではちゃんと整ってたよ」


 リュクスは真剣な顔で続ける。


「たぶん……途中で崩れた」


「崩れた……」


「うん。何か、引っかかることなかった?」


 その問いに――


(……視線)


 思い出す。


 周囲の目。

 セレスの言葉。

 “失敗できない”という焦り。


「……こわかった」


 ぽつりと漏れる。


「失敗したら……また、ダメだって思われるのが」


 小さな声。


 でも、それがすべてだった。


---


「……なるほど」


 セレスが静かに頷く。


「原因は明確ね」


「え……?」


「感情の乱れよ」


 はっきりと言い切る。


「あなたの魔術は、精神状態に強く依存している」


 事実。


 否定できない。


「つまり」


 セレスは一歩近づく。


「安定させたければ、自分を制御しなさい」


「自分を……」


「ええ。理論ではなく、“内面”の問題」


 それは、彼女にとって未知の領域。


 だが同時に――


「……できる?」


 初めて、問いかけるような声音だった。


---


 アルルは、少しだけ考えて――


「……やる」


 小さく、でもはっきりと答えた。


 怖い。


 でも。


 逃げたくない。


---


 その様子を、少し離れた場所から見ている影があった。


「……不安定性、確認」


 小さな呟き。


「感情依存型……予測通り」


 記録を取る手が止まる。


「……だが」


 ほんのわずかに、視線が細められる。


「これは……」


 単なる危険物ではない。


 何か別の“可能性”を感じさせる。


 その判断は、まだ保留される。


---


 アルルはまだ知らない。


 自分の弱さが、そのまま“力の弱点”になるということを。


 そして――


 それを狙う者がいるということを。



 第5話です。


 今回は「初めての失敗(本当の意味での)」を描きました。

 今までは“できるかできないか”でしたが、ここからは「どう扱うか」がテーマになります。


 アルルの歌唱魔術は強力ですが、同時に非常に繊細です。

 その弱点が“感情”であることが明確になりました。


 また、セレスが単なる批判者ではなく、

 “正しく分析する存在”として動き始めています。


 そして裏では、観察者たちがさらに一歩踏み込もうとしています。


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