第1章・第4話『呼び出し』
“特別”であることは、祝福とは限らない。
それは時に、周囲との境界を生み、
知らぬ間に孤立を招く。
だが同時に――
その境界を越えようとする者も、確かに存在する。
少女はまだ知らない。
自分の歌が、どれほど遠くまで届いているのかを。
翌日。
「ラレシィエンヌ、来なさい」
授業終わり、教師の一言が静かに響いた。
教室の空気がわずかに揺れる。
「は、はい……!」
アルルは慌てて立ち上がる。
周囲の視線が、また集まる。
昨日とは違う種類のざわめき。
「……呼び出しだって」
「やっぱり問題になってるんじゃ……」
小さな声が耳に入る。
胸が、少しだけ締めつけられる。
---
案内されたのは、研究棟の一室だった。
重い扉が閉まる。
中には、教師がひとり。
「座りなさい」
「し、失礼します……」
椅子に腰かけるアルル。
背筋が自然と伸びる。
しばらくの沈黙。
やがて、教師が口を開いた。
「昨日の錬成についてだ」
「……はい」
「歌っていたな」
核心。
アルルは、小さく頷く。
「……はい」
「意図してやったのか?」
「えっと……はい。前にも、少しだけ……」
言葉を選びながら答える。
「歌うと……うまくいく気がして」
教師はしばらくアルルを見つめた。
感情の読めない視線。
「……もう一度、ここでやってみなさい」
「え……?」
「再現性の確認だ」
---
机の上に並べられた素材。
昨日と同じ、基礎錬成。
だが空気はまるで違う。
(……緊張する)
喉が少し乾く。
それでも、アルルは目を閉じた。
(大丈夫。いつも通り……)
息を整える。
そして――歌う。
小さく、静かに。
部屋の中に、やわらかな旋律が広がる。
その瞬間。
教師の眉が、わずかに動いた。
(……これは)
感じる。
空気の“流れ”が変わる。
魔力が、整っていく。
そして――
光。
静かに、確かに成功する錬成。
---
「……」
教師は何も言わない。
ただ、完成品を手に取り、じっと見つめる。
「……純度、安定性ともに良好」
ぽつりとした評価。
だが、その声はわずかに重かった。
「……ラレシィエンヌ」
「は、はい!」
「この技術について、他言はするな」
「え……?」
予想外の言葉。
「まだ未解明だ。軽々しく広めるべきではない」
厳しい口調。
だがそれは、否定ではない。
「……はい」
アルルは頷く。
「あと」
教師が続ける。
「今後、定期的に報告を受ける」
「ほ、報告……?」
「経過観察だ。理解のためにな」
淡々とした言葉。
だがアルルには、それが少しだけ――
(ちゃんと見てもらえてる……?)
そんな風に感じられた。
---
部屋を出ると、廊下にリュクスがいた。
「どうだった?」
「うん……なんか、報告することになった」
「そっか」
リュクスはほっとしたように笑う。
「悪い話じゃなさそうだね」
「……うん」
アルルも少しだけ笑う。
そのとき。
「……当然の判断ね」
横から声。
セレスが腕を組んで立っていた。
「放置するには不確定要素が多すぎる」
「セレス……」
「監視されるのは当然よ」
冷静な言葉。
でも、その視線は昨日より柔らかい。
「……でも」
ほんの一瞬だけ、間が空く。
「排除されなかっただけ、マシだと思いなさい」
「排除……?」
その言葉に、アルルは目を瞬かせる。
セレスは答えない。
ただ、静かに言う。
「自覚しなさい。あなたのそれは――普通じゃない」
---
その頃。
学院の外。
人気のない通路に、ひとつの影があった。
「……対象、確認済み」
小さな通信装置に向かって呟く。
「再現性あり。監視対象として確定」
フードに隠れた顔は見えない。
「……指示を」
わずかな間。
そして返ってきた声。
『引き続き観察。干渉はするな』
「了解」
通信が切れる。
影は静かに、学院を見上げた。
「……歌、ね」
その声には、わずかな感情が混じっていた。
興味か、警戒か――
それはまだ、わからない。
---
アルルはまだ知らない。
自分の“日常”が、少しずつ囲まれ始めていることを。
---
第4話です。
今回は「教師による正式な認識」と「外部の監視」が始まりました。
アルルの力は“ただの特技”から、“扱いを慎重にすべきもの”へと変わっています。
セレスの言葉に出てきた「排除」というワードも、今後の伏線です。
そして最後に登場した影――ここから少しずつ、組織側が物語に入り込んできます。




