第1章・第3話『静かな視線』
才能とは、時に祝福ではなく“兆し”である。
それが誰の目にも明らかになった瞬間、
世界はその存在を放っておかない。
守ろうとする者。利用しようとする者。
そして――排除しようとする者。
まだ小さな歌は、静かに広がり始めていた。
放課後の実習室は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
「……ここでいいの?」
アルルは少し不安そうに周囲を見回す。
「うん。人も少ないし、落ち着いて試せるから」
リュクスはいつもの穏やかな調子で答えた。
昼間の一件以来、教師からの呼び出しはまだ来ていない。
それが逆に、妙な落ち着かなさを生んでいた。
「……ねえ」
アルルが小さく声を出す。
「わたしのやつ……変、かな」
少しの間。
リュクスは考えるように視線を落とし、そして言った。
「変かどうかで言えば……変だと思う」
「うっ……」
正直すぎる答えに、アルルの肩が落ちる。
「でも」
すぐに続ける。
「それって悪い意味じゃないよ」
アルルが顔を上げる。
「普通じゃないってことは、誰もやってないってことだから」
その言葉は、静かに背中を押した。
「……やってみる」
アルルは頷く。
再び、錬成の準備。
素材を並べ、深呼吸をひとつ。
そして――歌う。
今度は少しだけ意識する。
魔力の流れを、旋律に重ねるように。
「……っ」
感じる。
昨日よりも、はっきりと。
自分の中の何かと、外の何かが繋がる感覚。
素材が“応える”。
魔力が“整う”。
そして――
光が、静かに満ちた。
「……成功、だね」
リュクスが小さく呟く。
アルルは、息を吐いた。
「……ちょっとだけ、わかった気がする」
「ほんと?」
「うん。歌ってると……ちゃんと流れるの」
言葉にするのは難しい。
でも確かに、“感覚”がある。
「それ、すごく大事だと思う」
リュクスは真剣な顔で言った。
「たぶんそれ、君にしかできない」
そのとき――
「……興味深いわね」
背後から、静かな声。
振り向くと、そこにはセレスが立っていた。
「い、いつから……?」
「最初からよ」
あっさりと答える。
腕を組み、アルルの錬成結果を見つめている。
「……やはり再現性はある」
ぽつりと呟く。
「完全に偶然ではない……」
その視線は鋭いままだが、どこか違っていた。
否定ではなく、“観察”。
「……もう一度」
「え?」
「同じことをやってみせなさい」
有無を言わせない口調。
アルルは戸惑いながらも頷く。
三度目の錬成。
歌う。
整う。
――成功。
四度目。
――成功。
五度目。
――成功。
沈黙が落ちる。
セレスはゆっくりと目を閉じ、そして開いた。
「……認めざるを得ないわね」
その言葉は、小さく、しかしはっきりしていた。
「あなたのそれは、“技術”よ」
「……え?」
アルルが目を丸くする。
「理論として未解明なだけで、現象としては成立している」
淡々とした口調。
だがそれは――否定の撤回だった。
「ただし」
鋭い視線が戻る。
「理解できない以上、危険性は否定できない」
「危険……?」
「感情に依存する魔術は、制御を誤れば暴走する」
その言葉に、アルルの胸が少しだけざわつく。
「……だから」
セレスは一歩近づく。
「私が観察する」
「えっ」
「その力が何なのか、見極める必要があるわ」
宣言のような一言。
それはライバルとしての挑戦であり、同時に――
初めての“関与”だった。
その頃。
学院の外れ、立ち入りが制限された一角。
薄暗い部屋の中で、数名の人物が集まっていた。
「……対象の確認が取れました」
淡々とした報告。
「歌唱による魔力制御。複数回の再現を確認」
「……そうか」
低い声が応じる。
「やはり、“兆し”か」
机の上には、一枚の報告書。
そこには、アルルの名前が記されていた。
「対応は?」
「現在は監視段階。しかし……」
わずかな間。
「危険度は、低く見積もるべきではありません」
沈黙。
やがて、その場の中心にいる人物が口を開いた。
「――観察を強化しろ」
静かで、しかし決定的な声。
「必要とあれば、確保も視野に入れる」
まだ小さな歌。
まだ未完成の力。
だがそれは確かに、世界のどこかに“届いてしまった”。
第3話です。
ここでは「アルルの力が偶然ではない」と確定し、
セレスの立ち位置が“否定者”から“観察者”へと変わりました。
そして同時に、水面下では不穏な動きも始まっています。
アルル自身はまだ何も知らないまま、物語は少しずつ大きな流れへ。




