表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/26

第1章・第2話『その歌は、異端か奇跡か』

 偶然の成功は、しばしば“運”として片付けられる。


 だが――

 それが二度、三度と繰り返されたとき。


 人はそれを“現象”と呼び、やがて“異常”と名付ける。


 理解できないものに出会ったとき、世界は三つに分かれる。

 否定する者、受け入れる者、そして――観察する者。


 少女の歌は、まだ小さい。

 けれど確かに、“理から外れた何か”として認識され始めていた。



 ――静まり返った実習室。


 誰もが、アルルの手元を見ていた。


 白く澄んだ鉱石。

 曇りも歪みもない、完璧な精製。


「……嘘だろ」


 誰かの呟きが、ぽつりと落ちる。


 教師がゆっくりと歩み寄り、完成品を手に取った。


「……純度、極めて高い」


 その一言で、空気が変わる。


 ざわめきが広がる。


「さっきまで失敗してたのに……」

「どうやったんだ?」


 アルルはただ、呆然と立ち尽くしていた。


「……ほんとに、できた……」


 自分の手を見つめる。


 震えている。

 でも、それは失敗のときとは違う震えだった。


「説明しなさい」


 低く、冷静な声。


 振り向くと、あの銀髪の少女――セレスが立っていた。


 鋭い視線が、まっすぐアルルを射抜く。


「今の錬成。手順が違った」


「え、えっと……」


「魔力の流し方も不規則。理論から逸脱している」


 一歩、近づく。


「それでも成功した理由を、答えなさい」


 逃げ場はない。


 周囲の視線も集まっている。


 アルルは、ぎゅっと手を握る。


「……うた、です」


「……何?」


「歌いながら、やったら……うまくいって……」


 その瞬間。


 空気が、凍った。


「……は?」


 誰かが、露骨に顔をしかめる。


「歌? ふざけてるのか?」

「そんなの、錬金術じゃ……」


 ざわめきが広がる。


 セレスの表情も、わずかに歪んだ。


「……非合理的すぎる」


 はっきりと言い切る。


「錬金術は理論体系に基づく技術よ。音や感情で結果が変わるなんてあり得ない」


「でも……!」


 思わず声が出る。


「ちゃんと、できた……!」


 その言葉は、小さいけれど確かだった。


 セレスは一瞬だけ言葉を詰まらせる。


 視線を鉱石へと落とす。


 ――結果は出ている。


 それが、彼女の中で何より厄介だった。


「……再現できるの?」


「え……?」


「もう一度、同じものを作れるのかと聞いているの」


 静かな問い。


 アルルは、言葉に詰まる。


(……わからない)


 さっきの感覚。

 歌えばできる気はする。でも――


「……やってみます」


 逃げずに、そう答えた。


 二度目の錬成。


 実習室の空気は、完全に変わっていた。


 全員が見ている。


 教師ですら、黙って観察している。


 アルルは、ゆっくりと目を閉じた。


(さっきと、同じように……)


 深く息を吸う。


 そして――歌う。


 先ほどよりも、少しだけはっきりとした旋律。


 不思議なことに、その場にいた誰もが、無意識に息を呑んでいた。


 音は小さい。


 だが確かに、空気を震わせる“何か”がある。


 魔力が、反応する。


 揺れが整い、流れが生まれる。


 素材が、応える。


 ――そして。


 再び、光が灯った。


「……また、成功……」


 誰かが呟く。


 今度は、誰も笑わなかった。


 沈黙が、重くのしかかる。


 セレスは、じっとその光景を見つめていた。


 目を逸らさず、逃げずに。


(……あり得ない)


 心の中で、何度も繰り返す。


(でも、現に起きている)


 理論が、追いつかない。


 理解できない。


 だからこそ――


(……見極める必要がある)


 彼女の中で、何かが変わり始めていた。


「……面白いじゃん」


 ふっと、軽い声が落ちる。


 あの少年――リュクスが、にこやかに笑っていた。


「ちゃんと再現できてる」


「う、うん……」


 アルルはまだ半分夢の中のような顔をしている。


「これ、すごいことだと思うよ」


「すごい……?」


「うん。少なくとも、俺は見たことない」


 その言葉は、静かにアルルの胸に落ちた。


「……本日の実習はここまでだ」


 教師の声が、空気を断ち切る。


 だがその視線は、明らかにアルルに向いていた。


「ラレシィエンヌ」


「は、はい!」


「……後で、詳しく話を聞かせてもらう」


「え……?」


 ざわり、と周囲が揺れる。


 特別扱い。

 それが何を意味するか、誰もが感じ取っていた。


 その日の帰り道。


 学院の廊下を歩きながら、アルルはぽつりと呟く。


「……なんか、大変なことになっちゃったかも」


「そうだね」


 隣を歩くリュクスが苦笑する。


「でも、いいことでもあるよ」


「……そうかな」


「うん。だって、君しかできないことだ」


 その言葉に、アルルは少しだけ笑った。


 だが。


 その“特別”は、決して穏やかなものだけではない。


 学院の高層階――


 重厚な扉の向こうで、ひとりの男が報告書に目を通していた。


「……歌いながらの錬成、だと?」


 低い声。


 紙をめくる指が止まる。


「……音律干渉型の魔力制御……?」


 沈黙。


 やがて、静かに呟く。


「――面倒なものが、現れたな」


 その目は、冷たく細められていた。


 まだ誰も知らない。


 その歌が、“禁じられた領域”に触れていることを。


 そして――


 少女の小さな奇跡が、やがて世界を揺るがすことになるということを。


 第2話です。


 この回のポイントは、「アルルの力が偶然ではない」と周囲に認識されたことです。

 特にセレスの存在が重要で、彼女が“否定”から“検証”へと姿勢を変えた瞬間でもあります。


 また、リュクスはこの時点で既に「肯定側」に立っており、

 アルルの精神的な支えとして機能し始めています。


 そして何より――

 “歌うことで錬成が成功する”という事実が、公の場で成立してしまった。


 これにより、物語は単なる学園生活ではなく、

 「未知の力がどう扱われるか」というテーマへと踏み込んでいきます。


 次話以降では、

 ・その力をどう扱うべきか

 ・誰が味方で、誰がそうでないのか


が徐々に明らかになっていきます。


 静かな波紋は、すでに広がり始めています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ