第2章・第7話『救いに行く理由』
人は、理屈だけでは動けない。
損得でも、合理性でもない。
ただ――放っておけなかった。
その感情だけが、誰かを前へ進ませることがある。
危険だと言われても。
無謀だと止められても。
それでも手を伸ばしたいと思ったなら。
それはもう、“覚悟”なのだ。
学院・特別会議室。
室内には、重い沈黙が落ちていた。
「……確認したい」
学院教師のひとりが低く言う。
「今の現象は、“施設級結界”を越えた共鳴接続だった」
「はい」
エルミナが頷く。
「通常魔術理論では説明不可能です」
「……あり得ん」
別の教師が顔をしかめる。
「距離干渉遮断を無視するなど――」
「ですが現実に起きています」
エルミナの声は冷静だった。
部屋の中央。
アルルは俯いたまま座っていた。
(フィノ……)
最後に聞こえた声。
怯えていた。
苦しそうだった。
「……場所はわからないの?」
アルルが小さく尋ねる。
エルミナが静かに首を横に振る。
「接続痕跡は追えませんでした」
「そんな……」
「ただし」
そこでミレイアが口を開く。
「候補はある」
全員の視線が向く。
「旧S計画系統の研究施設なら、使われてる場所は限られる」
「あなた……」
セレスが目を細める。
「知ってるのね」
「元関係者だからね」
ミレイアは軽く笑う。
だがその笑みは薄かった。
「問題は」
彼女の声が少し低くなる。
「そこに乗り込むってことは、管理局の暗部に喧嘩売るのと同義ってこと」
空気が張り詰める。
「学院単独では危険すぎる」
教師のひとりが即座に言う。
「正式な許可なく動けば、こちらが処罰対象になりかねない」
「ですが、被験体の人権問題が事実なら」
エルミナが反論する。
「研究院としても黙認はできません」
意見がぶつかる。
空気が荒れ始める。
その時。
「……助けに行きたい」
小さな声。
だが、その場の全員が静まり返った。
アルルだった。
「わたし、あの子を放っておけない」
「アルル」
セレスが振り向く。
「怖かったんです」
アルルはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「声だけでもわかった」
胸元を押さえる。
「あの子、ずっとひとりだった」
静かな声。
でも震えていた。
「だから……」
顔を上げる。
「助けたい」
沈黙。
「……簡単に言わないで」
セレスの声が低くなる。
「相手は違法研究施設よ」
「わかってる」
「命の危険もある」
「それでも!」
思わず立ち上がる。
「見捨てたくないの!」
感情が溢れる。
部屋が静まり返る。
アルル自身も驚いていた。
こんな大声を出したことなんて、ほとんどない。
「……」
セレスは数秒、黙っていた。
やがて。
「……はぁ」
小さくため息を吐く。
「本当に無茶するタイプね、あなた」
「セレス……?」
「でも」
視線を逸らしながら言う。
「放っておいたら、一人で行きそう」
アルルが目を丸くする。
「だから監督役として同行する」
「え」
「当然だ」
今度はリュクスだった。
「俺も行く」
「リュクスまで!?」
「仲間置いてけるかよ」
笑いながら言う。
その瞬間。
「却下」
ミレイアが即答した。
「へ?」
「今の君たちじゃ死ぬ」
容赦がない。
「相手は管理局の裏側だよ?」
その空気が、一気に現実を突きつける。
「……でも」
アルルが俯く。
「助けたいんでしょ?」
ミレイアが静かに言った。
アルルが顔を上げる。
「なら、強くなりな」
真っ直ぐな視線。
「“届くだけ”じゃ足りない」
一歩近づく。
「連れて帰る力が必要」
その言葉は、厳しかった。
でも。
優しさも混じっていた。
「……どうすればいいの」
アルルが小さく聞く。
ミレイアは少しだけ笑う。
「特訓」
「え」
「地獄みたいなのやるよ」
「ちょっと待って急に怖い」
「安心して」
ミレイアがにこりと笑う。
「たぶん死なない」
「たぶんって言った!?」
リュクスが吹き出す。
セレスは頭を抱えていた。
だが。
張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。
「……本気なのね」
セレスが静かに言う。
「うん」
アルルは、迷わず頷いた。
助けたい。
その気持ちは、もう揺らがない。
一方その頃。
地下施設。
フィノは、小さく膝を抱えていた。
拘束術式は修復されている。
だが。
胸の奥には、まだ温もりが残っていた。
「……来てくれる」
小さく呟く。
希望なんて、知らなかった。
でも今は違う。
誰かが、自分を見つけてくれた。
その時。
施設最深部。
巨大な培養装置の前で、白衣の男が静かに笑っていた。
「興味深い」
モニターに映るのは、アルルの波形データ。
「S-0を超える可能性か」
その背後。
無数のカプセル。
そしてそこには。
眠るように目を閉じた、“歌う子供たち”の姿があった。
第2章・第7話です。
今回は「救出編への決意」が描かれました。
アルルはついに、
“自分のため”ではなく、
“誰かを助けるため”
に動こうとしています。
ここが主人公として大きな成長ポイントです。
また、
ミレイアがアルルを止めるだけではなく、
“鍛えようとしている”
のも重要です。
つまり彼女の中でも、
アルルは「危険な再現」ではなく、
「未来の可能性」へ変わり始めています。
そして最後。
研究施設には、フィノだけではなかった。
“歌う子供たち”。
つまりS計画、あるいはその後継研究は、
今もなお続いている。




