第2章・第8話『歌えない歌』
力を得るということは、時に“失う”ことでもある。
才能は万能ではない。
どれほど特別な力でも、
弱さまで消してはくれない。
だから人は壁にぶつかる。
自分にはできないと知るために。
未熟さを理解するために。
そして――
本当に強くなる者は、そこで立ち止まらない。
「――まず結論から言う」
学院地下訓練場。
ミレイアが腕を組みながら言った。
「今のアルル、めちゃくちゃ弱い」
「うぐっ」
開幕から心に刺さった。
「容赦ないわね……」
リュクスが苦笑する。
「事実だから」
ミレイアは即答だった。
広い訓練場には、アルル、セレス、リュクス、そしてミレイア。
さらに少し離れた場所で、エルミナが記録端末を操作している。
「歌唱魔術の出力自体は異常」
ミレイアが続ける。
「でもアルル本人の基礎性能が追いついてない」
「基礎性能……」
「魔力制御、持久力、集中維持、全部不足」
ぐさぐさ刺さる。
「あと致命的なのが」
一歩近づく。
「歌えなくなった瞬間、極端に弱くなる」
アルルが黙る。
図星だった。
「前の戦闘でもそうだったでしょ?」
「……うん」
干渉されると、不安定になる。
歌えないだけで焦る。
「だから今日は」
ミレイアがにやりと笑う。
「“歌禁止”でやる」
「……え?」
「え?」
リュクスも同時に声を漏らした。
「ちょっと待って!?」
アルルが慌てる。
「歌えないと全然できないよ!?」
「だからやるんだよ」
ミレイアはさらっと言った。
「依存を減らす」
セレスが静かに頷く。
「……合理的ではあるわね」
「セレスまで!?」
「歌は強みよ」
セレスは真面目な顔で言う。
「でも、“それしかない”は弱点になる」
アルルは言葉を失う。
わかっている。
自分でも。
歌えないと、不安になる。
「じゃ、始めようか」
ミレイアが指を鳴らす。
瞬間。
訓練場に結界が張られる。
「この空間、音響遮断済み」
「……え?」
「つまり、どれだけ歌っても外に出ない」
アルルの顔が青ざめた。
「待ってそれズルくない!?」
「敵は待ってくれないよ」
正論だった。
「来るよ」
次の瞬間。
ミレイアが踏み込む。
「きゃっ!?」
速い。
反応できない。
アルルは慌てて魔力を展開する。
だが。
「遅い」
軽く額を小突かれる。
「いたっ!?」
「集中が散ってる」
再び踏み込み。
「わわっ!?」
避けられない。
「歌おうとしてるでしょ、今」
「う……」
完全に見抜かれていた。
「歌えないなら終わり?」
「そんなこと……!」
「なら立ちな」
ミレイアの声が少し低くなる。
「歌が届かない場所だったら?」
アルルの動きが止まる。
「フィノに、届かなかったら?」
その瞬間。
胸が、強く痛んだ。
「……っ!」
立ち上がる。
怖い。
苦しい。
でも。
(助けたい)
その想いだけは消えない。
「もう一回!」
アルルが叫ぶ。
ミレイアが、少しだけ笑った。
「いい顔」
再び激突。
今度は違った。
歌えない。
でも。
“流れ”を見る。
相手の魔力。
動き。
空気。
感じる。
「……そこ!」
アルルが一歩だけ踏み込む。
ミレイアの目がわずかに見開かれる。
「へぇ」
初めて。
アルルの手が、ミレイアの腕に触れた。
「っ、た……!」
直後。
盛大に転んだ。
「いたぁぁぁ……」
床に突っ伏すアルル。
一瞬の沈黙。
そして。
「ぶっ……ははははっ!」
リュクスが吹き出した。
「ちょ、笑わないでぇ……!」
「いや今の勢い完璧だったのに最後!」
セレスですら、口元を押さえていた。
「……悪くない」
ミレイアがぽつりと呟く。
「え?」
「今、初めて“歌なしで前に出た”」
アルルが目を瞬かせる。
「それ、大事な一歩だよ」
その声は、少しだけ優しかった。
アルルはゆっくり起き上がる。
息は切れている。
身体も痛い。
でも。
ほんの少しだけ。
「……できた」
自信が芽生えていた。
一方その頃。
地下施設。
「同期率、再上昇中です」
研究員が緊張した声を上げる。
「被験体F-07の精神波長が安定しています!」
「原因は」
「不明です!」
白衣の男が静かにモニターを見る。
そこに映る波形。
ふたつの旋律。
離れているはずなのに、重なり始めている。
「……興味深い」
男が、小さく笑った。
「ではこちらも段階を進めよう」
その背後。
暗い部屋の奥で。
巨大な術式装置が、ゆっくり起動を始めていた。
第2章・第8話です。
今回は“修行回”でした。
ただし単なるパワーアップではなく、
アルルの“依存”を崩す訓練です。
歌唱魔術は強い。
でも、
「歌えなければ終わり」
では、本当に危険な場面で通用しない。
だからミレイアは、
“歌のない状態でも前に出られるか”
を鍛え始めています。
そして今回重要なのは、
アルルが初めて「自分から踏み込んだ」こと。
今までは受け身だった彼女が、
少しずつ戦う覚悟を持ち始めています。
一方で地下施設も動き始めました。
研究側は、
アルルとフィノの共鳴を“利用可能”と判断し始めています。
つまり次は、
敵側も本格的に動く。




