第2章・第5話『声の向こう側』
繋がりは、意図せず生まれることがある。
距離も、理屈も、常識さえ越えて。
だから人は恐れる。
見えない糸。
触れられないはずの想い。
説明できない共鳴。
だが――
本当に恐ろしいのは、“繋がってしまった”ことではない。
その先に、“誰かがいる”と知ってしまうことだ。
『――聞こえる?』
少女の声。
淡く響く、不思議な音。
「……え」
アルルは硬直した。
魔導端末に、通信記録はない。
なのに確かに、“声”が聞こえている。
『あ……よかった』
ほっとしたような声。
『繋がった……』
「だ、誰……?」
アルルが恐る恐る尋ねる。
少しの沈黙。
『……私、フィノ』
知らない名前。
でも――
なぜか妙に近く感じる。
「フィノ……?」
『うん』
小さく返事が来る。
『あなた、“歌える人”だよね』
アルルの心臓が、大きく跳ねた。
「……っ!」
『やっぱり』
その声が、少し嬉しそうになる。
『ずっと探してたんだ』
「探してたって……わたしを?」
『うん』
アルルは混乱していた。
知らない相手。
知らない声。
なのに――
不思議と、“嘘じゃない”とわかる。
『あなたの歌、聞こえたから』
「……聞こえた?」
『遠かったけど』
少しだけ途切れながら、声が続く。
『でも、すごく綺麗だった』
その瞬間。
アルルの胸が、じんわり熱くなる。
“歌”を褒められた。
それは、初めてだった。
「……ありがとう」
自然と、言葉が漏れる。
その時。
「アルル!」
勢いよく扉が開く。
セレスだった。
「っ!?」
アルルが慌てて振り向く。
「今、魔力波形が乱れ――」
言いかけたセレスが止まる。
「……誰と話してるの」
「え、えっと……」
その瞬間。
魔導端末が、ぶつりと消える。
静寂。
「……切れた」
セレスの表情が険しくなる。
「説明して」
数分後。
「……つまり、“声が聞こえた”と」
セレスが腕を組む。
「うん……」
「通信術式の痕跡なし」
淡々と分析する。
「外部接続反応もない」
「でも、本当に聞こえたの!」
「それは信じてる」
即答だった。
「え?」
「あなたが嘘をつくタイプじゃないのは知ってる」
アルルが少しだけ目を丸くする。
「……でも、それなら余計に問題ね」
セレスの声が低くなる。
「距離を超えた精神同期の可能性がある」
「精神同期……」
そこへ。
「わーお」
軽い声。
「最悪の方向に伸びてる」
窓際。
いつものように、ミレイアが座っていた。
「またいる!?」
「今来た」
絶対嘘だった。
「……聞いてたの?」
セレスが睨む。
「だいたい」
ミレイアは真面目な顔になる。
「その“フィノ”って子、多分だけど」
一拍。
「共鳴適性持ちだね」
アルルの呼吸が止まる。
「……わたし以外にもいるの?」
「可能性はあった」
ミレイアが静かに答える。
「でも実際に接触した例は初めて」
「つまり」
セレスが言葉を継ぐ。
「歌唱魔術が“伝播”している可能性がある、と」
空気が重くなる。
「……違うよ」
アルルが思わず口を開いた。
二人の視線が向く。
「伝播とかじゃなくて……」
少し迷う。
でも。
「たぶん、あの子……」
アルルは胸元を押さえる。
「すごく、ひとりぼっちだった」
静かな言葉。
ミレイアの目が、わずかに細まる。
「……感じたんだ」
「うん」
アルルは頷く。
「寂しそうだった」
その瞬間。
ミレイアが、小さく息を吐いた。
「最悪だ」
「え?」
「“感情共鳴”まで始まってる」
だがその声は、どこか焦っていた
「想定より早すぎる……」
「どういうこと?」
セレスが問い詰める。
「同期は普通、“魔力”から始まる」
ミレイアの声が低くなる。
「でもアルルのは違う」
ゆっくりと、アルルを見る。
「先に“心”へ届いてる」
沈黙。
それは。
かつてのS計画には存在しなかった現象。
一方その頃。
遠く離れた、どこかの地下施設。
薄暗い部屋。
小さな少女が、胸元を押さえていた。
「……見つけた」
銀色の髪。
淡く光る瞳。
「やっと……」
その周囲には、無数の術式拘束具。
そして壁には。
【被験体 F-07】
という文字が刻まれていた。
第2章・第5話です。
今回はついに、
“アルル以外の共鳴適性者”
が登場しました。
フィノはかなり重要なキャラクターになります。
そして今回の核心は、
・アルルの歌は“魔力”だけでなく“感情”にも届いている
・共鳴が遠距離で成立している
・S計画とは別系統の現象が起きている
という点です。
つまりアルルの歌唱魔術は、
過去の失敗した同期魔術とは“似て非なるもの”になり始めています。
ここで重要なのが、
アルルがフィノを「危険」ではなく「寂しそう」と感じたこと。
これがアルルの本質です。
そして最後。
フィノは“被験体”でした。
つまり――
今もどこかで、同期研究は続いている。
物語はここから、一気に裏側へ踏み込んでいきます。




