第2章・第4話『灰色の残響』
人は過去から逃げられない。
忘れたつもりでも、
切り捨てたつもりでも。
傷跡は、ふとした瞬間に疼く。
特に――
その過去が、誰かの未来と重なった時。
封じられた研究。
消された記録。
生き残った者。
それらは今も、静かに世界の底に沈んでいる。
夜。
学院の屋上。
ミレイアは、ひとり柵にもたれていた。
「……見つけた」
静かな声。
背後。
セレスが立っていた。
「逃げないのね」
「逃げる理由ある?」
ミレイアは振り返らない。
「……あるでしょう」
セレスの目は鋭い。
「“共鳴事故”の生存者」
風が止まる。
数秒の沈黙。
「……どこまで知ってるの」
ミレイアの声色が少し変わった。
「管理局の封鎖記録までは辿れなかった」
セレスは静かに言う。
「でも、“S計画”という単語は残っていた」
ミレイアが、小さく息を吐く。
「ほんと、嫌になるくらい優秀だね」
「答えなさい」
ミレイアは少しだけ空を見上げる。
「……あの研究、最初は希望だったんだよ」
ぽつりと呟く。
「魔術師ってさ、基本ひとりなの」
「……」
「才能があるやつほど孤立する」
その声は、どこか遠かった。
「でも“同期”が成立したら、違った」
視線が夜空へ向く。
「魔力を共有できる」
「感覚を繋げられる」
「支え合える」
「夢みたいな理論だった」
「……そして失敗した」
セレスが静かに言う。
「うん」
ミレイアは、あっさり頷いた。
「暴走したのは、魔力じゃない」
「え?」
セレスが眉をひそめる。
「感情だよ」
その言葉は、重かった。
「同期ってね、“繋がる”の」
ゆっくりと、自分の胸に手を当てる。
「痛みも、不安も、恐怖も」
ミレイアの目に、ほんの一瞬だけ影が落ちる。
「ひとりが壊れると、全員が引っ張られる」
セレスの表情が変わる。
「……精神共鳴」
「正解」
ミレイアが苦く笑う。
「施設ひとつ吹き飛んだ原因は、それ」
沈黙。
「……あなたは」
セレスが静かに問う。
「その中心にいたの?」
ミレイアは、しばらく答えなかった。
やがて。
「……“最初の適合者”だった」
小さく、そう呟いた。
空気が凍る。
「コードネーム“S-0”」
それが、自分だったと。
「じゃあ、アルルを見てるのは……」
「確認だよ」
ミレイアは即答した。
「同じ失敗になるのか」
その目が、静かに細められる。
「それとも――」
少しだけ、優しい声。
「今度こそ成功するのか」
セレスは、黙ってミレイアを見つめる。
「……あなた」
「なに」
「怖いのね」
一瞬。
ミレイアの笑みが止まった。
「……はは」
乾いた笑い。
「まあ、そりゃね」
軽く言っている。
でも。
その声は、少し震えていた。
「また誰か壊れるの、見たくないし」
初めてだった。
ミレイアが、“感情”を見せたのは。
一方その頃。
アルルは寮の部屋で、ノートを開いていた。
そこには、最近の錬成記録。
歌った時の感覚。
同期した時の流れ。
「……誰かと繋がる」
ミレイアの言葉を思い出す。
(そんな危ないものなのかな)
でも。
セレスやリュクスと力が重なった時。
あれは怖い感覚じゃなかった。
むしろ――
「……安心したんだよね」
ぽつりと呟く。
その瞬間。
机の上の魔導端末が、淡く光った。
「……?」
表示される、未登録通信。
そして。
『――聞こえる?』
知らない少女の声。
アルルの目が、大きく見開かれた。
第2章・第4話です。
今回はかなり核心に近い話でした。
ついに、
・S計画
・共鳴事故
・S-0=ミレイア
が明かされました。
つまりミレイアは、
“かつて同期魔術で壊れかけた側”の人間です。
だからこそアルルを止めたい気持ちと、
成功してほしい気持ちの両方を抱えている。
この矛盾が、彼女の立場を複雑にしています。
そして今回最大のポイント。
最後の“知らない少女の声”。
これはかなり大きな意味を持ちます。
つまり――
アルル以外にも、“共鳴”している存在がいる可能性が出てきました。




