第9話:王の帰還、および自己破産のすすめ
「逆賊セラフィナ! そこへ直れ! この父の手で貴様を処断し、王家の汚れを清めてくれる!」
大広間の重厚な扉が再び跳ね飛ばされ、今度は怒りに顔を真っ赤にした初老の男が踏み込んできました。
ルーンガルド王国が王、わたくしの実父であるエドワード・フォン・ルーンガルド。
その後ろには、隣国バルザス王国の精鋭だという銀甲冑の騎士たちが、物々しく剣を抜いて控えていますわ。
わたくしは、母の遺産を懐に納め、ゆっくりと玉座の間の中央へと歩み出しました。
あら、お父様。療養先で少しはお頭を冷やしてこられたかと思いましたが、むしろ沸騰してしまったようですわね。
「お帰りなさいませ、陛下。……いえ、わたくしの城の『前・住人』様とお呼びした方がよろしいかしら?」
「黙れ! 城を奪い、息子を辱め、教会を脅迫したという報告は受けている! バルザス王国のカイル将軍、今すぐその不敬な首を撥ねよ!」
王の号令を受け、バルザス軍の将軍と呼ばれた大男が、獰猛な笑みを浮かべて一歩前へ出ました。
ですが。
「――そこまでにしてもらおうか。バルザスの端くれが、私の主に剣を向けるというなら、明日には貴様の国を地図から消すが?」
わたくしの背後に立つアラリック様が、わずかに一歩、前に出た。
ただそれだけの動作で、大広間の空気が凍りつきました。
「な……貴様は、ノイシュタットの鉄血皇帝……!? なぜ、なぜ貴公がここにいる!」
カイル将軍の顔から、一瞬で血の気が引きました。
隣国バルザスにとって、アラリック様率いるノイシュタット帝国は、逆らうどころか目を合わせることすら恐ろしい死神のような存在。
将軍は、抜いたばかりの剣をガタガタと震わせ、ついにはその場に落としてしまいました。
「お父様。……助っ人を連れてくるなら、せめてわたくしの『部下』より格上の相手にすることをお勧めいたしますわ。……時間の無駄ですもの」
「な……ぶ、部下だと!? 皇帝を、部下と呼ぶのか!? 貴様、一体何を……!」
わたくしは、騒ぎ立てる国王を冷ややかな目で見据えました。
この方は、まだ気づいていらっしゃらない。
王冠を被っているだけで、自分がこの国の支配者だと、まだ本気で信じていらっしゃる。
「お父様。処刑を執行する前に、こちらの書類をご確認くださいな」
わたくしは、侍女に用意させていた『王国貸借対照表・最終版』を、無造作に床へ投げ出しました。
紙の束が、王の足元でバラバラと散らばります。
「なんだ、これは……数字ばかりで、意味がわからん!」
「でしょうね。……一言で申し上げるなら、それは『破産宣告』ですわ」
わたくしは、扇子で散らばった紙の一枚を指しました。
「王家が抱える債務総額、一八億ギル。これに対し、現在国庫にある流動資産、わずか三万ギル。……さらに、今お父様が連れてこられたバルザス軍への『傭兵代』。これもまた、アストレア公爵家の口座から前払いされておりますわ。……つまり、お父様。貴方は今、わたくしに命乞いをしなければ、その兵たちにすら見捨てられる身分なのです」
「ば、馬鹿な……! 我が国が、それほどまでに……!」
「信じられませんか? ……では、そこの将軍に聞いてみればよろしい。……将軍。貴方の国への支払いを、わたくしが今この瞬間から凍結すると言ったら、貴方はまだその無能な王のために戦いますかしら?」
カイル将軍は、弾かれたように首を横に振りました。
「い、いいえ! セラフィナ様! 我々は……我々はただ、雇われただけで……! 支払いが滞るなら、今すぐ撤退いたします!」
「将軍! 貴様、私を裏切るのか!」
王の絶叫。
ですが、それに応える者は誰もいません。
愛だの忠誠だのという『不良債権』は、金という名の現実の前に、こうも脆く崩れ去る。……美しい光景ですわ。
「お父様。わたくし、娘としての最後の慈悲を差し上げますわ」
わたくしは、一歩ずつ、かつて父が座っていた玉座へと歩み寄りました。
「……王位を返上し、自己破産を申請してください。……そうすれば、最低限の生活費と、地下の物置部屋での安全は保証して差し上げますわ。……ああ、息子さんと聖女様も一緒ですから、寂しくはありませんわね?」
「き、貴様ぁ……! この私を、あの地下牢へ……!? 実の親に向かって、なんということを!」
「実の親? ……あら。……わたくしが知る『父』は、わたくしを道具として使い、無能な息子を甘やかし、挙句の果てに娘を処刑しようとした、ただの『債務者』に過ぎませんわ」
わたくしは、玉座の肘掛けにそっと手を置きました。
この椅子は冷たい。けれど、愛に狂った王たちが座る椅子よりは、ずっと清潔です。
「……さあ、選んでくださいな。……この場で『無職の老人』として生き延びるか。……あるいは、国家ごと、わたくしに叩き潰されるか」
王の瞳に、絶望の炎が宿りました。
プライドをズタズタにされ、全てを奪われた男が、最後に見せる『悪あがき』。
「……認めぬ。認めぬぞ……! セラフィナ! 例え国を滅ぼそうとも、貴様だけは許さぬ! ……シャーリー! シャーリーはどこだ! あの娘の持つ『真の力』を使えば、貴様など……!」
王が叫んだ、その時。
広間の隅から、異様な黒い霧が溢れ出してきました。
それは、聖女の光とは真逆の、不吉な魔力の胎動。
「……ふふ。お呼びでしょうか、陛下。……準備は、整っておりますわ」
現れたのは、地下室にいたはずのシャーリー様。
ですがその瞳は紅く染まり、彼女の周囲には、この世の理から外れたような『禁忌の術式』が浮かんでいました。
あら。
どうやらゴミ溜めの中で、妙な掘り出し物を見つけてしまったようですわね。
「……アラリック。……少しだけ、楽しくなって参りましたわ」
わたくしは、手の中の『世界の根抵当権』をそっと握りしめました。
愛も、神も、そして理すら。
すべてを『清算』する時間が、やってきたようですわ。
お読みいただき、ありがとうございます!
威風堂々と帰還した国王陛下、わずか数分で「自己破産」を勧められるとは……。
ですが、追い詰められた者が最後に縋るのは、やはり「力による解決」のようです。
地下室で闇堕ち(?)した聖女シャーリー。
彼女が手にした「禁忌の力」とは、一体何なのか?
そして、それすらも「法的に」解決してしまうセラフィナ様の次の一手は……。
「パパ王、どんまい!」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマークをお願いいたします!
皆様の応援という名の「追加投資」が、わたくしの筆をさらなる高みへと加速させますわ!




