第6話:不渡りを出したのは王家ですわ 〜連帯保証人になりたい方は挙手を〜
「……は、払えない。こんな額、我が家を三度売っても足りない……!」
夜明け前の西離宮に、乾いた笑い声が響きました。
一晩中、埃にまみれて数字を追わされたジュリアン様は、もはや王子としての面影など微塵もございません。真っ黒に汚れた指で頭を抱え、ただガタガタと震えるばかり。
その隣で、シャーリー様もまた、魂の抜けたような顔で床に座り込んでおられました。
彼女が握りしめているのは、教会の高位職者が王家に宛てた『督促状』の束。
「ふふ、お疲れ様でしたわ。……これだけの『負債』を背負ってなお、昨日まであんなに偉そうに婚約破棄を宣言できたこと……その度胸だけは、評価して差し上げますわよ?」
わたくしは、冷え切った紅茶のカップを侍女に預け、立ち上がりました。
さて。王族の『ゴミ箱』から見つかったこの真実を、次はどなたにプレゼントして差し上げましょうか。
「……セラフィナ様。広間に貴族たちが集まっております。昨夜の騒動の『説明』を求めているようです」
アラリック様が、影の中から音もなく現れました。
彼の漆黒の鎧には、夜明けの光が鋭く反射しています。
「ちょうどよろしいですわ。……皆様、朝食前の『刺激』を求めていらっしゃるのでしょう? ……行きましょうか。この国の新しいルールを、彼らの脳髄に刻み込みに」
王城の大広間。
そこには、昨夜の断罪劇から一歩も動けず、不安と期待に顔を歪ませた貴族たちがひしめき合っていました。
わたくしがアラリック様を従えて入場した瞬間、騒がしかった広間が、水を打ったように静まり返ります。
「セ、セラフィナ様! これは一体どういうことですかな! 殿下を地下室へ連行するなど、いくら公爵家とはいえ行き過ぎだ!」
「そうだ! 王城の所有権などという戯言、法的に認められるはずがない!」
一歩前に出て吠えたのは、王家に近い有力伯爵でした。
彼はわたくしの背後に立つアラリック様の威圧感に腰を引かせながらも、自分たちの特権を守ろうと必死です。
わたくしは、ゆっくりと扇子を広げました。
「あら、皆様。おはようございます。……お顔色が悪いようですわね? ……無理もありませんわ。この国が『不渡り』を出したことを知って、安眠できるはずがございませんもの」
「不渡り……? 何を言っている!」
「これのことですわ」
わたくしが合図を送ると、騎士たちが西離宮から運び出した『裏帳簿』の写しを、広間の中央にばら撒きました。
真っ白な紙が、雪のように舞い落ちます。
貴族たちが、我先にとその紙を拾い上げ……そして、次の瞬間。
悲鳴にも似た、絶望の声が上がりました。
「なっ……なんだ、この額は!? 一〇億ギル……!? 王家が、隣国の闇組織からこれほどの借金を……!?」
「災害復興費が、すべて殿下の遊興費に消えている……!? 馬鹿な、そんなことが許されるのか!」
紙を握る貴族たちの手が、ガタガタと震え始めます。
彼らは日和見の天才です。この数字が何を意味するか、誰よりも早く理解したのでしょう。
王家はもはや、国を維持するだけの資産も信用も持たない。……ただの『巨大な負債の塊』に過ぎないということを。
「皆様。……わたくし、セラフィナ・フォン・アストレアは、公爵令嬢として、そしてこの城の正当なオーナーとして、皆様に『二者択一』を提案しに参りましたの」
わたくしは、広間の一番高い段の上に立ち、冷徹な視線で彼らを見下ろしました。
「一つ目は、これまで通り王家に忠誠を誓い続けること。……もちろん、その場合は、この一〇億ギルの負債の『連帯保証人』になっていただきますわ。王家の借金は、それを支える貴族たちの借金でもありますもの。当然ですわね?」
「れ、連帯保証……っ!?」
伯爵の顔が、土気色に変わりました。
一〇億ギル。それを分配されただけでも、並の貴族家なら三代で破産します。
「二つ目は……たった今、この瞬間に王家との縁を切り、わたくしと『新たな契約』を結ぶこと。……これまでの権利は一度白紙に戻させていただきますが、わたくしへの忠誠(と、適正な手数料の支払い)を条件に、皆様の領地と財産だけは、わたくしが法的に保護して差し上げますわ」
わたくしの言葉が終わるか終わらないかのうちに、広間を支配したのは『沈黙』。
そして、一人の男が膝を折りました。
「……わ、私は……っ。私は、セラフィナ様に忠誠を誓います! 王家など、もう知らぬ!」
「わ、私もだ! あんな愚かな王子のために、我が家を滅ぼしてたまるか!」
一人、また一人。
昨夜、わたくしを嘲笑っていた者たちが、次々とわたくしの前に膝をつき、頭を垂れていきます。
まさに、泥舟から逃げ出すネズミの群れ。……実に醜く、そして合理的な光景ですわ。
(……ふふ、格付け完了。これで王家の『資産価値』は、名実ともにゼロになりましたわね)
わたくしが勝利の余韻に浸ろうとした、その時。
ゴォォォォン……!
王都の中心にある大聖堂の鐘が、不吉な音を響かせました。
朝の礼拝の時間には、まだ早いはず。
広間の入り口に、白い法衣を纏った一団が現れました。
中央に立つのは、黄金の杖を携えた老人。……裏帳簿にその名を記していた一人、大司教その人です。
「……騒がしいですな。契約だの負債だの、神聖なる王宮で金の話ばかりとは。……セラフィナ・フォン・アストレア。貴女の暴挙、神が許すとでもお思いか?」
大司教の背後に、数人の『聖騎士』たちが控えています。
アラリック様が、無言でわたくしの前に立ち、剣の柄に手をかけました。
「神、ですの? ……あいにくですが大司教様。わたくしの帳簿には、神様のお名前は載っておりませんのよ。……載っているのは、貴方が王家から受け取った『不当な献金』の記録だけですわ」
「黙れ、罪深き女よ! ……この城は、神の加護のもとにある。人の法など通じぬ『聖域』であることを忘れたか!」
大司教が杖を突くと、広間の床に魔法陣が浮かび上がり、わたくしたちを拒絶するように光り輝きました。
「……あら。聖域、ですのね」
わたくしは、扇子を閉じ、その光を冷ややかに見つめました。
「……ならば、その聖域。……神様に代わって、わたくしが『強制執行(差押)』させていただきましょうか?」
新たな敵。新たな債権。
ふふ……。
宗教という名の『非課税資産』。……これをどう解体して差し上げるか、考えただけで胸が高鳴りますわ。
お読みいただき、ありがとうございます。
王家を見捨てる貴族たちの手のひら返し……これぞ「ざまぁ」の醍醐味ですわね。
ですが、ついに宗教という名の「最強の非課税権力」がセラフィナ様の前に立ちはだかりました。
「神の加護」対「セラフィナ様の契約書」。
次回、**「神の家、家賃滞納につき破門いたします」**。
聖域という名の魔法防御を、セラフィナ様がいかに「法的に」無効化するのか……。
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