第5話:西離宮の隠し帳簿 〜王家、裏の借金まで発覚して絶望する〜
カビと埃の匂いが立ち込める、西離宮の地下書庫。
かつては栄華を誇った王宮の一部とは思えないほど、そこは冷たく、暗い場所でした。
「ひ、ひぃっ……! 寒い、お腹が空いた……。シャーリー、まだ終わらないのか!?」
「殿下、無理を言わないでくださいまし! わたくしだって、こんな計算……っ。ペンを持つ手が震えて、もう……!」
かつての婚約者と、自称聖女様。
二人は今、蝋燭の心許ない灯りの下で、山積みにされた古い帳簿と格闘していました。
豪華な礼装は剥ぎ取られ、掃除人用の麻服は煤で汚れ、見る影もありませんわね。
扉の隙間からその様子を眺めていたわたくしは、隣に立つアラリック様に小さく微笑みかけました。
「ふふ……。数字に弱い王族に、十数年分の使途不明金を照合させる。これ以上の拷問があるかしら?」
「……酷な方だ。だが、その横顔が一番美しい」
アラリック様は、影のようにわたくしの背後に控え、冷徹な視線を地下の二人へ向けています。
「おい、シャーリー! この『緊急災害復興費』の一億ギル……どこにも支出の記録がないぞ! どういうことだ!?」
「……それ、多分……去年の殿下の誕生祭で使われた、あの黄金の像の代金ではないかしら……」
「なっ……! あれは国庫の余剰金だと聞いていたぞ!」
「いいえ。……本当は、民に配るはずの支援金だったのですわ。わたくし、教会の記録でちらっと見てしまいましたもの……」
地下室に、沈黙が流れました。
自分たちが贅沢三昧をしていた金の出どころが、苦しむ民の生き血であったという事実。
それを今、自分の手で計算し、証明させられる。……まさに、自業自得ですわね。
わたくしは、扉を開けて中へと入りました。
「ごきげんよう、皆様。……作業の進捗はいかがかしら?」
「セ、セラフィナ……っ! 貴様、こんな真似をしてタダで済むと思うなよ! この帳簿が父上の目に留まれば、貴様こそ国家反逆罪で――」
「あら。国家反逆罪に問われるのは、どちらかしら?」
わたくしは、ジュリアン様の手元にある一冊の赤い表紙の帳簿を、扇子で指し示しました。
「……それは、王家が代々隠し続けてきた『裏帳簿』ですわ。国民には増税を強いておきながら、その裏で王族たちがどれほど私腹を肥やし、挙句の果てに隣国の闇組織に『領地の割譲』を約束してまで借金を重ねていたか。……そのすべてが、そこに記されていますの」
「な……割譲……!? 借金だと!?」
ジュリアン様が慌ててページを捲ります。
そこに記されていたのは、到底、一国の王家が背負っていい金額ではありませんでした。
セラフィナ個人への借金など、氷山の一角に過ぎないほどの、底なしの負債。
「殿下。貴方は『愛』さえあれば国は救えるとおっしゃいましたわね? ……では、その愛で、この十億ギルの裏借金を返済してくださるかしら?」
「じ、十億……っ!? 馬鹿な、そんなの……一生かかっても無理だ!」
「ええ、無理ですわ。……ですが、安心してください。わたくしは慈悲深い大家です。……その負債、すべてわたくしが『債権譲渡』として引き受けましたわ」
シャーリー様が、ガタガタと震えながら顔を上げました。
「……引き受けた? どうして……そんな、恐ろしいことを……」
「決まっていますわ。……この国から、王族の影響力を完全に排除するためです」
わたくしは、冷たく言い放ちました。
「この帳簿の内容が公になれば、王家は国民によって処刑されるでしょう。……ですが、わたくしの元で『債務者』として働き続ける限り、命だけは保証して差し上げます。……もちろん、自由と権利は、すべて没収させていただきますけれど」
ジュリアン様の手から、ペンがポロリと落ちました。
彼はようやく理解したのでしょう。
自分たちは単に婚約破棄に失敗したのではない。
セラフィナという『支配者』に、国ごと、血筋ごと、永遠に買い取られてしまったのだということを。
「あ、ああ……っ。そんな……そんなことが……」
泣き崩れる王子と、茫然自失の聖女。
わたくしは、彼らには目もくれず、帳簿の最後の一行を確認しました。
(……やはり、あの方の名前があるわね)
裏帳簿の末尾に記された、融資元の署名。
それは、隣国の皇帝であるアラリック様でさえ警戒する、教会の高位職者の名前でした。
「アラリック。……どうやら、この国の膿は、想像以上に深いようですわ」
「……ああ。根こそぎ刈り取る必要があるな。……オーナー、次の指示を」
わたくしは、西離宮の冷たい風に髪をなびかせ、不敵に微笑みました。
「……ふふ。まずは、この帳簿を『証拠』として、全貴族に公開いたしますわ。……わたくしに従うか、王家と共に沈むか。……地獄の二択を、彼らに選ばせて差し上げましょう?」
帳簿の数字は嘘をつきません。
そして、わたくしも……一度下した判決を、覆すつもりはありませんわ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
王家の「裏借金」……十億ギル。
愛だの正義だのと叫んでいた王子の足元が、実は泥沼の負債でできていたという事実。
まさに「ざまぁ」の追加融資ですわね。
さて、次回。セラフィナ様が暴いたこの帳簿を手に、ついに貴族たちを「一斉召集」いたします。
裏切り者、日和見主義者……彼らにセラフィナ様が突きつける、究極の「二者択一」とは?
そして、帳簿に名前のあった「教会の黒幕」が動き出し――?
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