第4話:偽聖女の奇跡、差し押さえにつき使用禁止
「待ってください! そんな……そんなの、あんまりですわ!」
鋭い悲鳴が、冷え切った大広間に響きました。
鉄血皇帝アラリック様の剣圧に当てられ、床で震えるジュリアン様……。その彼を庇うように、偽聖女シャーリー様が両手を広げて立ちはだかりました。
その瞳には涙が浮かび、いかにも『悪女に立ち向かう悲劇の聖女』といった風情ですわね。
わたくしは、アラリック様の隣で優雅に扇子を揺らしました。
「あら。あんまり、とはどの口がおっしゃるのかしら? わたくしはただ、自分の持ち物を整理しているだけですのよ」
「殿下は……ジュリアン様は、この国の希望なんです! それをこんな、お金や契約なんて卑しいもので縛るなんて……。わたくしが、神様から授かったこの光で、殿下の心を癒してみせますわ!」
シャーリー様が、祈るように胸元で手を組みました。
すると、彼女の指先から柔らかな、けれど力強い黄金の光が溢れ出しました。
これこそが彼女を『聖女』たらしめる、万病を癒し、穢れを払うという『奇跡の光』。
周囲の貴族たちが「おお……」と感嘆の声を漏らします。
絶望的な状況でも、聖女の光があれば逆転できる――そんな甘い期待が、会場に漂い始めましたわ。
ですが。
「……停止。シャーリー様、その『奇跡』の無断使用を禁止いたしますわ」
わたくしが淡々と告げた瞬間。
彼女の手の中から溢れていた光が、まるで火を消された蝋燭のように、一瞬で掻き消えました。
「え……? な、何……? 光が、出ない……?」
シャーリー様が困惑したように自分の手を見つめます。
何度祈っても、どれだけ念じても、一欠片の火花すら飛び散りません。
「どうして……神様!? わたくしの、奇跡が……っ!」
「神様のせいにするのはお門違いですわよ、シャーリー様。……原因は、貴女の『ライセンス違反』ですわ」
わたくしは、侍女が差し出した厚い魔導書のような書類……『国家魔導資源管理台帳』を開きました。
「な、何よそれ! 聖女の力は、神様がわたくしにくださったものよ! 貴女なんかに指図される筋合いはないわ!」
「いいえ、筋合いは大ありですわ。……シャーリー様。貴女が聖女として認定されるために受けた『洗礼』。その際に使用された聖水、祭壇、そして儀式を執り行った大司教の派遣費用。……それらすべてを、誰が支払ったとお思い?」
シャーリー様が、言葉を失って口をパクパクとさせます。
「……アストレア公爵家。つまり、わたくし個人が『王国の聖女育成事業』として投資した、総額五億ギルの資金ですわ。貴女が今使おうとした魔力は、わたくしがメンテナンス費用を支払っている『聖域』という名のサーバーから供給されているもの。……つまり、その奇跡の著作権と利用権は、現在わたくしが差し押さえておりますの」
わたくしは、契約書のページをパラリと捲りました。
「契約条項第七条。……『聖女の力は、国家の安寧のためにのみ使用されるものとし、私的な感情や犯罪行為の隠蔽に使用された場合、スポンサーは即座にその供給を遮断できる』。……今の奇跡は、殿下の失禁……失礼、精神的ショックを誤魔化すための『私的使用』。明白な契約違反ですわね」
会場に、失笑が漏れました。
神聖な奇跡を『著作権』や『利用権』と呼び捨てにするわたくしの暴論……いえ、正論に、貴族たちは戸惑いながらも、シャーリー様の滑稽さに気づき始めたようです。
「そ……そんな……お金で神様の力を止めるなんて、そんなこと……!」
「お金ではありません。……『対価』の問題ですわ。貴女はわたくしの金で磨かれた力を使い、わたくしを貶めようとした。……そんな不良資産に、これ以上の投資を続ける投資家がどこにいますかしら?」
わたくしは、跪いたままのアラリック様に視線を送りました。
彼はわたくしの意図を察し、鋭い眼光でシャーリー様を射抜きます。
「……セラフィナ様の許しなく奇跡を使おうとするなら、その腕、魔法回路ごと断ち切っても構いませんが?」
「ひ、ひぃっ……!」
シャーリー様は、あまりの恐怖に尻餅をつきました。
聖女の輝きを失い、掃除服を着て床に這いつくばる姿は、もはやその辺の町娘以下ですわ。
「さて。……ジュリアン様、シャーリー様。今夜の宿代(物置部屋)の一〇万ギル、先ほど回収したタイピンでは足りなくなりましたわね。今の『奇跡未遂』のペナルティとして、追加で二〇万ギルの違約金が発生しておりますの」
「に、二十万……!? そんなの、もう払えるわけないだろう!」
「あら。……ならば、労働で返していただくしかありませんわね。……騎士団長?」
「はっ。ここに」
「彼らを西離宮の地下へ。……あそこには、わたくしの母が遺した、整理の追いついていない『帳簿』が山ほどありますわ。明日までに、すべての数字を照合させなさい。……一枚でも計算が合わなければ、明日の朝食は抜きですわよ」
ジュリアン様とシャーリー様が、絶望に顔を歪ませながら、騎士たちに引き立てられていきました。
わたくしが『思い出の場所』として確保した西離宮。……あそこに眠る膨大な資料の中に、王家がひた隠しにしてきた『真の負債』があることを、彼らはまだ知りません。
わたくしは、アラリック様が差し出した手を取り、立ち上がりました。
「……ふふ。さて、アラリック。夜明けまでに、この国の銀行をすべて封鎖してくださるかしら?」
「仰せのままに、オーナー。……しかし、そこまでして彼らを追い詰める理由は?」
「理由? そんなの決まっていますわ」
わたくしは、扇子の隙間から、凍てつくような微笑みを浮かべました。
「わたくしの帳簿に、一ギルの誤差も許さないため……そして、彼らには一生かかっても返しきれない『絶望』を、複利で積み立てていただくためですわ」
愛なんて不確かなものより、複利のほうがずっと、確実で美しいと思いませんこと?
お読みいただき、ありがとうございます。
「奇跡のライセンス違反」……聖女様も形無しですわね。
どれほど神聖な力でも、維持費を払っているのは誰か、という現実は残酷です。
さて、次回。ついに西離宮の地下で、王家を根底から揺るがす「ある文書」が発見されます。
そして、追い詰められた王子たちが、物置部屋で「禁断の相談」を始めるようで……?
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