第27話:暗闇の救世主、および「信用」の強制上書き
「……あ、あああ……。火を、火をください! 魔法が、魔法が使えないんだ!」
「通信が途絶えた! 本部の金庫はどうなっている!? おい、答えろ!」
王城の執務室の窓下から、阿鼻叫喚の怒号が吹き上がってまいります。
魔力という名の血液を抜かれたこの大陸は、たった数分で、文明の皮を被った「暗闇の檻」へと変貌いたしました。
執務室の中にいた中央銀行の使者――灰色の男は、もはや腰を抜かす気力すらなく、ただ床に突っ伏してガタガタと震えております。
「……五〇〇年。……我々が築き上げた、完璧な信用秩序を……貴様は、たった一晩で……!」
「……秩序、ですの? ふふ。……徴収される側の痛みを無視した貸付計画を、秩序とは呼びませんわ。……それはただの『傲慢』という名の不良債権です」
わたくしは、闇に沈んだデスクの上で、一枚の黄金色の紙幣――『アストレア・クレジット』を指先で弄びました。
魔力供給が止まったこの世界で、わたくしの魔力だけを吸って淡く、けれど力強く輝くその紙片。
「……さて。……アラリック。……中央銀行のルーンガルド出張所。……あそこの『鉄壁の金庫』、そろそろ賞味期限が切れる頃かしら?」
「……ええ。先ほど、金庫を維持するための魔導回路が完全停止したのを確認しました。……現在、ただの『重い箱』と化しています」
アラリック様が、暗闇の中でも正確にわたくしの隣へ寄り添いました。
彼の纏う漆黒の魔力は、わたくしという「供給元」に直結しているため、この沈没した世界で唯一、牙を剥くことができます。
「……行きますわよ。……世界が『光』を求めているうちに、わたくしの価値を定義して差し上げなくては」
わたくしは、灰色の男を引きずるようにして、王都の中央広場を見下ろすバルコニーへと出ました。
眼下には、暗闇に怯え、松明や薪を求めて奪い合いを始めた民衆と、混乱を抑えられずに立ち尽くす兵士たち。
彼らにとって、魔法が消えた夜は、神に見捨てられたも同義です。
「……皆様。……静粛に」
わたくしが声を上げると、アラリック様がわずかに魔力を放ち、わたくしの声を「拡声魔法」なしの、純粋な威圧として街中に響かせました。
人々が仰ぎ見た先。
暗闇に沈む城のバルコニーに、黄金の光を放つ紙片を掲げた、一人の令嬢。
「……今、世界から光が消えました。……貴方がたが信じていた通貨は紙屑となり、貴方がたが縋っていた神の加護はメンテナンス中ですわ」
冷酷な宣告に、悲鳴が上がります。
ですが、わたくしは扇子を広げ、優雅に、かつ圧倒的な慈悲を演じて見せました。
「……ですが、ご安心なさい。……わたくしが、新しい『契約』を持って参りましたわ。……今日、この瞬間から、わたくしの発行するこの『アストレア・クレジット』を手に取る者。……その者にだけ、わたくしは『光』の使用権を再開いたします」
わたくしが指先でクレジットを一枚、虚空へ放りました。
すると、それを起点として、王都の街灯が一斉に――先ほどまでの青白い神の光ではなく、わたくしの意志を象徴する、鮮烈な「黄金色」に点灯いたしました。
「あ……光だ! 光が戻った!」
「アストレア公爵令嬢……! セラフィナ様が、太陽を呼び戻したんだ!」
人々が、狂ったようにその黄金の街灯に縋り付きます。
いいえ。それは太陽ではありませんわよ。
わたくしが、貴方がたの生活を『買い取った』証です。
「……中央銀行の使者さん。……ご覧なさい。……民衆が求めているのは、貴方がたの抽象的な『信用』ではなく、目の前で温かく輝く『わたくしの利便性』ですわ」
灰色の男は、光を取り戻した街と、わたくしの足元に跪き始めた民衆を見て、絶望の笑みを浮かべました。
「……負けだ。……通貨発行権という刃を、貴様は……物理的な『命のスイッチ』に変えたのか……」
「……あら。……ビジネスとは、常に切実なものですわよ」
わたくしは、次々と黄金に染まっていく街を眺めました。
王家を潰し、教会を黙らせ、銀行を跪かせた。
もはや、この大陸でわたくしの帳簿に載らない土地はございません。
ですが。
突如として、背筋を凍らせるような『鑑定エラー』が走りました。
黄金色の街灯が、一瞬だけ、不気味な紫色のノイズに揺れたのです。
「……オーナー。……空の色が」
アラリック様の警戒に満ちた声。
見上げれば、雲のない夜空に、巨大な『ひび割れ』が走っていました。
そこから漏れ出すのは、先ほどの徴収官(天使)など比較にならない、圧倒的なまでの「管理者の殺意」。
「……ふふ。……ようやく、お出ましですわね。……管理委託業者のミスを、本社が直接、是正しに来たのかしら?」
空の割れ目から現れたのは、真っ白な法衣に身を包んだ、天秤を三つ背負う異形の影。
神域最高監査官。
この世界の「システムそのもの」を維持するために、不適合者を排除しに来た、最後の執行人。
「……面白くなって参りましたわ。……アラリック。……わたくしたちの新しい通貨の価値、神様の命を『担保』にして、さらに跳ね上げて差し上げましょうか?」
わたくしは扇子を強く握り締め、空を裂いて現れた「神の監査」に向かって、不敵な笑みを投げかけました。
さあ。……第一部、本当の最終決算の始まりですわ!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
世界を黄金の「アストレア・クレジット」で染め上げるセラフィナ様。
もはや彼女自身が、太陽であり、銀行であり、神なのですわね。
ですが、システムの崩壊を危惧した「神域本社」がついに直接介入!
三つの天秤を背負う最高監査官の前に、セラフィナ様のロジックは通じるのか?
そして、物置部屋で震えていたジュリアン様たちが、この混乱に乗じて何か「余計なこと」を思いついたようで……。
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