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第26話:世界の灯り、ただいま「メンテナンス中」ですわ

カチ、と。

 わたくしが指を鳴らした瞬間、世界から「色」が消えました。


 執務室を照らしていた魔導ランプが瞬き、不気味な沈黙と共に消灯しました。窓の外、王都の夜を彩っていた数千の街灯が、波が引くように次々と闇に飲み込まれていく。

 空を飛ぶ魔導客船の推進器が火花を散らして止まり、重力に逆らえなくなった巨体が絶叫のような風切り音を立てて降下を始める。


「……な、何をした……!? 何が起きている!」


 大陸中央銀行の使者、灰色の男が、懐から取り出した黄金の懐中時計を必死に叩いています。

 ですが、それも無駄。世界最高の精度を誇るはずの魔導時計は、針をピクリとも動かしません。なぜなら、その心臓部に流れ込むべき「マナ」という名の電力が、供給元で完全に遮断されたのですから。


「あら。……驚くようなことではありませんわ。……貴方がたがわたくしの資産を凍結したように、わたくしもまた、貴方がたのインフラを凍結しただけ。……お互い様、ですわよね?」


 わたくしは、月明かりだけが差し込む暗い執務室で、優雅に扇子を広げました。


「お、おい……嘘だろう。……魔力源を差し押さえるなど、個人の人間にできるはずがない! この大陸を流れる魔力は、神聖なる大地の恵み……」


「いいえ。……恵みなどという、鑑定価値の定まらない曖昧な言葉を使わないでくださる? ……これは、アストレア家が五〇〇年間にわたって、神域と契約し、保守点検メンテナンスし続けてきた『管理資産』ですわ」


 わたくしは、デスクの上に広げた『創世盟約・根抵当権設定仮登記証書』の写しを、月光の下で指し示しました。


「……お母様は、神域に魔力を貸し出していた。……ですが、神域はその魔力を“通貨”として勝手に証券化し、貴方がた中央銀行に販売(卸売り)していた。……つまり、貴方がたが発行している通貨の担保は、アストレア家の所有物である魔力そのものだったのです。……わたくしの許可なく、わたくしの資産を担保に商売をなさるなんて……。……これは明白な“無断転売”ですわよ?」


「……ぐ、く……!」


「……不渡りを出したのは、貴方がたのほうですわ。……支払いが滞っている顧客せかいに対し、サービスを停止するのは、健全な経営判断だと思いませんこと?」


 わたくしが冷たく微笑むと、背後でアラリック様が静かに一歩踏み出しました。

 彼の纏う漆黒の魔力だけは、わたくしが例外的に供給を許可しているため、暗闇の中でより一層禍々しく、鮮烈な輝きを放っています。


「……オーナー。……王都の通信網も停止しました。……現在、中央銀行の出張所、および各国の王宮は、完全な情報の真空状態ブラックアウトにあります」


「……ご苦労様。……さて、配達員さん。……まだ、わたくしの資産を『石ころ』と呼ぶ余裕はございますかしら?」


 灰色の男は、ガタガタと歯の根が合わない音を立て、その場に膝をつきました。

 魔力がない世界。それは、高度な魔法文明にどっぷりと浸かった現代人にとって、手足をもぎ取られる以上の恐怖です。


 その時、階下から騒がしい足音が響いてきました。


「……せ、セラフィナ様! セラフィナ様ぁぁぁ!」


 扉を蹴破るように飛び込んできたのは、掃除用のバケツを抱えたまま、パニックに陥ったジュリアンでした。


「……真っ暗です! 魔法が、魔法が使えません! 掃除用の魔導モップが死にました! ……これじゃ、ノルマの廊下掃除が終わらないじゃないですか! 減給になっちゃう!」


「……ジュリアン。……貴方の心配事は、相変わらず一ギル程度の価値しかありませんわね」


 わたくしは呆れ果てましたが、彼の後ろで四ヶ国の王たちも、暗闇を恐れて醜く震えています。

 

「……ああ、神よ! 世界が終わる! 太陽が、太陽が二度と昇らない呪いだ!」


「お黙りなさいな、オズワルド陛下。……太陽は物理現象ですので、明日も勝手に昇りますわ。……ただ、貴方の国の経済システムが明日の朝まで生き残っているかどうかは、わたくしの気分次第ですけれど」


 わたくしは、絶望に沈む彼らを見渡し、デスクの引き出しから一束の『新しい紙幣』を取り出しました。


「……皆様。……暗闇は怖いですわよね? ……安心してくださいな。……わたくし、新しい『照明サービス』と、それを支払うための『新しい通貨』をご用意いたしましたわ」


 わたくしがその紙幣を一枚、机に置くと、その紙自体が微かな黄金色の光を放ち始めました。

 魔力供給が止まったこの世界で、唯一、光を発する価値。


「……これを『アストレア・クレジット』と呼びます。……今この瞬間から、この大陸で通用する唯一の、魔力裏付けのある通貨ですわ。……これを持たない者は、明日から火を焚くことも、お風呂を沸かすことも、通信をすることも許されません」


 灰色の男が、信じられないものを見るような目でわたくしを凝視しました。


「……通貨を、独自に発行するだと……!? 中央銀行を、システムごと乗っ取るつもりか!」


「いいえ。……『買収』と呼んでくださる? ……わたくしのルール(帳簿)に従えない銀行なんて、この世界には不要ですもの」


 わたくしは、暗闇に沈む王都を見下ろし、不敵に微笑みました。

 

 さあ。……世界中の人々。

 わたくしのマネーを、いくらで買いに来るかしら?


 ふふ……。

 今夜は、最高に贅沢な『棚卸し』になりそうですわ。

お読みいただき、ありがとうございます。

「魔力が止まる」という、魔法社会における最大の悪夢。

それを「料金未払いのガス止め」程度に実行してしまうセラフィナ様、まさに冷酷にして合理的ですわ。


さて、次回。真っ暗闇の大陸で、セラフィナ様が放つ「アストレア・クレジット」が爆発的な勢いで普及し始めます。

中央銀行の権威が失墜する中、彼らが放つ「最後の刺客」――それは、セラフィナ様の母さえも恐れたという、伝説の「神域監査官」で……?


「世界の王になるセラフィナ様、かっこいい!」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマークをよろしくお願いいたします。

皆様の応援という名の「信用供与」が、わたくしの物語をさらに神々しい高みへと導きますのよ!

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