第25話:闇の投資家からの「支払督促状」
「……左、右。……違うわ、オズワルド陛下。……その拭き方では、わたくしの資産に傷がつきますわよ? ……やり直しですわ」
大広間に響くのは、金属が擦れる音ではなく、雑巾が石床を撫でる情けない音でした。
かつて大陸四ヶ国を率いた威厳ある王たちは、今や泥に汚れた麻服に身を包み、必死の形相で床を磨き上げております。
「な……な、なぜ、この私が……。……ガルバニアの王であるこの私が、こんな……」
「お黙りなさい、オズワルド『元』陛下。……貴方の時給は一二〇ギル。……さっさと働かないと、今日の夕食のスープが具なし(減損処理)になりますわよ?」
指導に当たっているのは、すっかり「社畜の鑑」と化したジュリアンでした。
彼は算盤を片手に、自分より上の地位にいた王たちを「後輩」として容赦なくこき使っております。……あら、地獄の底にも階級社会があるなんて、実に興味深い光景ですわ。
わたくしは、その滑稽な景色を背に、執務室の奥でアラリック様と向かい合っていました。
「……オーナー。……四ヶ国の王たちを拘束し、その全資産の目録を作成しましたが……。……やはり、一点だけ『計算』が合いません」
アラリック様が、一枚の真っ黒な硬質の紙をデスクに置きました。
そこには、インクではなく、魔力の結晶で文字が刻まれていました。
「……これ、何かしら? ……鑑定」
わたくしが左目の力を解放した瞬間……。
視界が真っ赤な警告色に染まりました。
「算出不能……? ……いいえ、違うわ。……これ、わたくしの鑑定眼が拒否されているのではなく、この紙そのものが『大陸の決済システム』の最上位権限を持っているのね?」
「……正解です。……セラフィナ・フォン・アストレア様」
突如として。
施錠されていたはずの執務室の扉が、音もなく開きました。
現れたのは、影のように希薄な存在感を纏った、灰色の外套の男。
彼は武器も持たず、ただ一通の『封筒』を手に、悠然とわたくしのデスクの前まで歩み寄ってきました。
「……何者だ。……オーナーから三歩、下がれ」
アラリック様が即座に抜剣し、男の喉元に刃を突きつけました。
放たれる殺気は、常人ならその場に失禁して膝をつくレベル。……ですが、その男は、薄笑いさえ浮かべて肩をすくめました。
「……乱暴ですな、ノイシュタット皇帝。……私はただの『配達員』ですよ。……世界の富を預かる、神聖なる“大陸中央銀行”からのね」
「……中央銀行? ……教皇庁のさらに奥に潜む、あの『伝説の金貸し』が、わたくしに何の用かしら?」
わたくしは扇子でアラリック様を制し、男が差し出した封筒を受け取りました。
封蝋には、天秤を飲み込む『巨大な蜘蛛』の紋章。
中から出てきたのは、一通の書類。
そのタイトルを目にした瞬間、わたくしの眉が、わずかに、けれど鋭く動きました。
『資産凍結および、全債務の即時償還勧告状』
「……あら。……随分と物騒なご挨拶ですわね。……わたくし、貴方がたに借金をした覚えはございませんのよ?」
「……個人としての借金は、確かにありません。……ですが、アストレア公爵令嬢。……貴女がこの数日で買収した王国、教会、そして商連盟。……それらが保持していた『魔力通貨』の発行根拠は、すべて我が銀行が担保しているものです」
男の瞳が、爬虫類のような冷たい光を放ちました。
「……貴女がこれ以上、既存の経済秩序を乱し、勝手な『格付け変更』を続けるのであれば……。……我が銀行は、貴女が所有する全資産の“通貨としての価値”をゼロに設定させていただきます。……今日、貴女が手にした王国の富は、明日にはただの『価値なき石ころ』に変わるということですよ」
通貨、発行権。
所有権をいくら集めたところで、その価値を定義する「システム」そのものを敵に回せば、全ての資産は無に帰す。
これこそが、この大陸を裏から支配してきた本当の暴力の正体。
アラリック様が、怒りに震えて剣を握り直しました。
「……オーナー。……この男、今すぐここで――」
「……待ちなさい、アラリック。……ふふ……。……ふふふふふ!」
わたくしの笑い声が、執務室に響き渡りました。
灰色の男が、怪訝そうに首を傾げます。
「……何がおかしい。……自分の資産がゴミに変わる宣告を受けて、発狂でもしたか?」
「……いいえ。……あまりに貴方がたのやり方が『時代遅れ』で、可笑しくて仕方がなかったのですわ。……銀行の座に胡座をかいて、わたくしを脅しに来るなんて……。……貴方がた、わたくしがこの日のために、どれだけの『準備』をしてきたか、ご存じないのかしら?」
わたくしは、デスクの引き出しから、母エレインが遺した『世界の根抵当権』の証書の……その裏面に記された、未開封の封印を指先でなぞりました。
「……通貨の価値をゼロにする? ……どうぞ、お好きになさって。……その代わり、わたくしはたった今から、貴方がたの銀行が発行している全ての通貨の『担保』となっている……この大陸の“魔力源”そのものを差し押さえ(ロック)させていただきますわ」
「……なっ!? ……貴様、何を……!」
「……どちらが先に干上がるかしら? ……紙屑の富を抱えた貴方がたか。……それとも、世界の動力源を握ったわたくしか」
わたくしは、宣告状を男の鼻先でビリビリと引き裂き、その破片を空中に放り投げました。
「……帰りなさい、配達員。……そしてオーナーに伝えなさい。……『今日からこの大陸の通貨価値は、わたくしの帳簿で決める』と」
宣戦布告。
世界を裏から操る「銀行」という名の怪物に対し、セラフィナ・アストレアが真っ向から市場を奪い取るための、最初の号砲。
ふふ……。
お父様を潰し、神を黙らせた後は……。
……世界の『仕組み』そのものを、買い叩いて差し上げますわ!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに現れた、世界の真の支配者「大陸中央銀行」。
「お前の金は明日からただの石ころだ」という最強の脅しに対し、セラフィナ様は「じゃあ世界の魔力(電気代)を止めるわ」と即答。
まさに、どちらが先に破滅するかという、究極の経済戦争の幕開けですわね。
さて、次回。セラフィナ様が放った「魔力源の差し押さえ」により、大陸中で魔法が使えなくなるという未曾有のパニックが発生します。
暗闇に包まれた聖都。止まった魔導車。
パニックに陥る民衆を、セラフィナ様がいかに「買収」していくのか……。
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