表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

第23話:鑑定不能な皇帝陛下、および「金貨一枚」の真実

「……何かしら、これは。……わたくしの鑑定眼アプレイザルが、不渡りでも出したのかしら?」


 光の粒子となって消えていった天使の残滓が、まだ空気中に微かな銀色を遺していました。

 わたくしの目の前に浮かぶ、母エレインの『隠し口座』。その最後の一行に刻まれた、あまりにも巨大な……そして、あまりにも意味不明な「資産名称」。


『最終資産:指定対象者・アラリック・フォン・ノイシュタットの全所有権』


 わたくしは、傍らに立つ漆黒の騎士服を纏った男――鉄血皇帝アラリック様を、ゆっくりと、恐る恐る仰ぎ見ました。

 彼は、いつもと変わらぬ鉄面皮を崩さず、ただ、その深紅の瞳に微かな……けれど確かな『熱』を宿してわたくしを見つめ返しています。


「……アラリック。……貴方、お母様から何か聞いていらっしゃったの?」


「……いえ。エレイン様は、私には何も語りませんでした。……ただ、こう仰いましたわ。『セラフィナがこのページを捲る時、貴方の“本当の価格”が決まるわ』と」


 本当の、価格。

 わたくしは扇子を握り締め、彼に向かって左目の力を最大まで解放しました。

 

 鑑定アプレイザル


 対象:アラリック・フォン・ノイシュタット。

 推定市場価格:……。

 

 ――エラー。

 ――算出不能。

 ――対象の「負債」および「資産」は、全て本個体セラフィナと共有されています。


「な……!?」


 わたくしの視界に、真っ赤なエラーログが乱舞しました。

 わたくしが生まれてこの方、あらゆるものを「数字」で切り捨ててきたこの目が、ただ一人の人間を前にして、機能を停止したのです。

 算出不能。……それは、わたくしの帳簿に載らないという意味ではなく、わたくしの帳簿そのものが『彼の存在』によって書き換えられているということを意味しています。


「……ふふ。……面白いわ。……わたくしが、わたくし自身の資産を鑑定できないなんて。……これ、明白な『会計監査の不備』ですわね」


「オーナー。……貴女に鑑定される必要はありません。……十年前、あの汚れた奴隷市で、貴女が私に『金貨一枚』を貸したその瞬間から……。……私の魂の価値は、貴女の指先一つで決まるものになっているのですから」


 アラリック様が、音もなくわたくしの前に膝をつきました。

 鎧の鳴る音が、静まり返った大広間に、ある種の誓いのように響き渡ります。


「……金貨一枚。……わたくし、ただの投資(気まぐれ)だと思っていましたわよ?」


「……貴女にとってはそうでも、私にとっては『世界の全財産』よりも重い契約でした。……エレイン様は、その契約を“神域”の元帳に仮登記キープしていたに過ぎない。……私は、最初から最後まで、貴女の差し押さえ物件です」


 アラリック様の手が、わたくしの震える手を取り、その手の甲に熱い唇を寄せました。

 愛などという不確かな言葉は使わない。

 けれど、彼が発する「所有権」という言葉の重みは、どんな愛の告白よりも、わたくしの胸を鋭く貫きました。


 と、その時。


「……あ、あ、あの……! お取り込み中、本当に申し訳ないのですが……!」


 柱に縛られたまま、空気の読めない声を上げたのは、案の定、ジュリアンでした。


「せ、セラフィナ様……! 寿命が助かったのは嬉しいんですが、そろそろこの縄、解いていただけませんか!? さっきから皇帝陛下の殺気が、わたくしの『存在価値』を物理的に削っているんですけど!?」


 わたくしは、はぁ……と深い、深いため息を漏らしました。

 感動的な「契約の再確認」を、一瞬でガラクタのようなノイズに変える。……ある意味、彼の無能さは希少な才能かもしれませんわね。


「アラリック。……その騒がしい負債ジュリアン、物置部屋に戻しておいてくださる? ……あと、インクの無駄遣いをした分、夕食のパンを半分にして」


「御意。……即座に、この世の帳簿から抹消してもよろしいですが?」


「死なれては回収が滞りますわ。……生かさず殺さず、搾り取りなさいな」


 アラリック様が立ち上がり、ジュリアンを引きずっていく背中を眺めながら、わたくしは母の遺した口座を静かに閉じました。


 母、エレイン。

 貴女はわたくしに、世界を買い取るための「軍資金アラリック」を遺してくださったのね。

 

 ですが、問題は山積みですわ。

 神域との交渉を終え、王家の内乱を鎮めたばかりだというのに。


「……セラフィナ様。……城門の外に、バルザス王国以外の……隣国四ヶ国の使節団が到着しています」


 戻ってきた騎士団長が、険しい顔で報告しました。


「……ルーンガルド王国の『破産』、および帝国の介入。……それを聞きつけた周辺諸国が、“債権者会議”を開くべきだと、大軍を率いて押し寄せております」


 わたくしは、扇子の隙間から冷ややかに微笑みました。

 王城という小さな箱庭での清算は、これで終わり。


 ここからは、大陸全土を巻き込んだ……史上最大の『不良債権処理』の始まりですわ。


「……ふふ。……ちょうどよろしいですわ。……わたくしを『魔女』と呼ぶのか、『オーナー』と呼ぶのか。……彼らの全財産と引き換えに、じっくりと鑑定して差し上げましょうか」


 アラリック様が、再びわたくしの横に影のように並びます。

 わたくしの帳簿に、一ギルの誤差も許さない世界を築くために。


 さあ、第二部・『大陸債権大戦』の幕開けですわ!

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

アラリック様、最初から「セラフィナ様の資産」だった……。

鑑定不能というエラーが出るほどの溺愛(執着)、これぞ最強の護衛ですわね。


さて、次回。平和になったのも束の間、隣国四ヶ国が「借金を返せ」と大軍で押し寄せます。

「債権者会議」という名の、ただの略奪。

それに対し、セラフィナ様が放った一言は――「いいわ、貴方がたの国、まとめて買い叩いて差し上げます」。


「経済無双、いよいよ大陸規模に!」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマークをよろしくお願いいたします。

皆様の応援が、わたくしの筆に「無限の当座貸越」を与えてくれますのよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ