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第22話:お母様の隠し口座、中身は世界の「積立金」でしたわ

 パリン、と。

 世界のルールが砕け散る音が、静まり返った大広間に響き渡りました。

 

 神の徴収官である天使が掲げていた、黄金の天秤。

 絶対的な正義と、一分の狂いもない等価交換を象徴するはずのその器が、今や無惨に真っ二つに割れ、光の粒子となって霧散していきます。


「……あり得ぬ。始原の元帳が、人の子の引いた赤ペン一本で……書き換えられるなど……」


 瞳のない顔面を震わせ、天使が愕然とした声を漏らしました。

 わたくしは、扇子で口元を隠し、その「不具合を起こした機械」のような徴収官を、慈しむような目で見つめ返して差し上げました。


「あら。あり得ないとおっしゃいますが、数字は嘘をつきませんわよ? 徴収官様。……粉飾された帳簿が暴かれ、信頼が失墜した以上、貴方の持つ『徴収権』は一時凍結されるのが商取引の常識ですわ」


 わたくしは、手元に浮かび上がった新たな光の窓――母エレインが遺した『隠し口座』のインターフェースを指先でなぞりました。

 そこには、神域の元帳を遥かに凌駕する、圧倒的な密度で記述された「世界の真実」が並んでおりました。


「さて……中身を拝見しましょうか。……ふふ、お母様ったら、随分と用心深く隠していらしたのね」


 わたくしの鑑定眼アプレイザルが、暗号化されたデータを一瞬で解読デコードしていきます。

 そして、そこに表示された「数字」を見た瞬間……。

 わたくしの背後に控えていたアラリック様が、珍しく息を呑む音が聞こえました。


「オーナー……これは、まさか……」


「ええ。……驚きましたわ。……お母様が神域に残していた口座。……中身は魔力でも魂でもなく、過去五〇〇年間にわたって神域が人間から『中抜き』していた魔力の……全額返還請求権リファンドでしたわ」


「全額……返還……!?」


 柱に縛られたまま、ようやく意識を戻したジュリアンが、呆けたような声を上げました。


「そう。……徴収官様。……わたくしの母、エレイン・フォン・アストレアは、ただの公爵夫人ではありませんでしたわ。……彼女は、神域が魔力インフラを維持できなくなった際に発動する『緊急融資枠ベイルアウト』の提供者……。早い話が、貴方がた神域の“真の出資者スポンサー”ですわよ」


 天使の法衣が、激しく波打ちました。

 神域の権威が、その根底から揺らいでいます。


「……エレイン。……あの女が、その名を継ぐ者が、現れたというのか……」


「ええ。……お母様は、神様たちが欲をかいて人間に過剰な利息を請求した時のために、この『積立金』を用意していらしたのね。……徴収官様、いえ、管理委託業者の皆様。……親会社の代理人として、わたくしが決定を下しますわ」


 わたくしは、虚空に浮かぶ決定ボタンを、優雅に、かつ冷酷に押し込みました。


「――ルーンガルド王家、および全人類に対する『寿命の徴収』は、たった今を以て、母の積立金と相殺オフセットさせていただきます。……未払いの負債はすべて完済。……ついでに、神域による不当な中抜き手数料も、今後一切禁止とさせていただきますわ」


 その瞬間。

 王城を包んでいた重苦しい神聖な圧力が、シュウウ……と空気が抜けるように消え去りました。

 柱に縛られていたジュリアンの顔色に、赤みが戻ります。死の淵から、強制的に引き戻されたのです。


「た、助かった……? 僕、生きてる……? 寿命、取られないで済んだのか……!?」


「泣いて喜ぶのは後になさい、ジュリアン。……貴方の命は助かりましたが、その分、わたくしへの『債務』は増えましたから。……後で利息の再計算をいたしますわね」


 わたくしは、腰を抜かしている元王子を無視し、消えかかっている天使を見据えました。


「……徴収官様。……監査は終了です。……速やかに神域へ帰り、上司の皆様に伝えなさいな。……『新しいオーナーが、帳簿の精査を始めた』と」


「……セラフィナ・フォン・アストレア。……貴様は、まだ知らぬのだ。……エレインが、その口座に最後に残した『最大の資産』……それが何であるかを。……それを手にした時、貴様もまた、世界の理の一部となるだろう……」


 天使は呪いのような予言を残し、白銀の光と共に消滅しました。

 

 静寂が戻った大広間。

 わたくしは、ふう、と小さく吐息を漏らし、母の隠し口座の最後の一ページを捲りました。


「……あら?」


 そこに記されていた、最後の一行。

 それは、膨大な魔力でも、国家の権利書でもありませんでした。


『最終資産:指定対象者・アラリック・フォン・ノイシュタットの全所有権』


「……え?」


 わたくしは、思わず隣に立つアラリック様を見上げました。

 彼はいつもと変わらぬ、冷徹で、けれど狂信的な忠誠を湛えた瞳でわたくしを見つめ返しています。


「……お母様。……どういうことですの? ……わたくしの護衛であり、帝国の皇帝である彼が……わたくしに遺された『預金』だなんて」


 愛など信じないわたくしの帳簿に、突如として放り込まれた『人間という名の資産』。

 

 ふふ……。

 お母様。……この鑑定、どうやら一筋縄ではいかないようですわね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

神様すらも「管理委託業者」として追い返してしまったセラフィナ様。

お母様の用意していた「全額返還請求権」という名のカウンター、最高に痺れますわね。


ですが、口座の最後に残されていたのは、まさかの「アラリック様の所有権」。

最強の皇帝が、実は最初からセラフィナ様の「資産」だった……?

この契約の裏に隠された、十年前の「金貨一枚」の真実とは。


「アラリック様の正体が気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマークをお願いいたします!

皆様の応援という名の「信頼スコア」が、次話の更新を加速させますのよ!

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