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第20話:神の取り立て、営業妨害につきお引き取りを

「嫌だ……嫌だ嫌だ! 僕の寿命を、僕の存在を返せ! セラフィナ、助けてくれ、なんでもする、靴でもなんでも舐めるからぁ!」


 地下金庫から引きずり出されたジュリアンは、もはや人間の尊厳を完全に紛失しておりました。

 先ほどまでの「王子復活」の妄想はどこへやら。わたくしのドレスの裾に縋り付き、鼻水と涙で床を汚すその姿は、一ギルどころか一ミリグラムの価値もございません。


「……汚いですわね。アラリック、その不良資産ジュリアンを柱に縛り付けておいてくださる? ……騒がしくて計算が狂いますわ」


「御意」


 アラリック様が無造作にジュリアンの首根っこを掴み、壁際へ放り投げました。

 さて。わたくしは玉座の隣に設けた臨時のデスクに戻り、先ほどの『寿命滞納明細』を広げました。


(……累積債務、王族五人分の全寿命。徴収期限、今月末。つまり、今日を含めてあと一週間。……ふふ、随分とタイトなスケジュールですわね)


 わたくしがペンを走らせ、神域への「異議申し立て書」を起案しようとした、その時でした。


 突如、王城の空気が『凍りついた』。

 

 それは物理的な冷気ではありません。世界の法則そのものが、強制的に書き換えられたような、絶対的な沈黙。

 広間の天井から、透き通るような白銀の光が降り注ぎ、その中心から「それ」が現れました。


 純白の法衣。背中には、物理法則を無視して展開される六枚の羽。

 瞳のない顔面には、ただ一つの『天秤』の紋章が刻まれている。

 神の徴収官――天使。


「――時が来た、ルーンガルドの末裔よ。未払いの魔力利用料、その対価として貴様らの魂を回収する」


 声は耳ではなく、直接脳髄へと響く重低音。

 柱に縛られていたジュリアンは、その威圧感だけで白目を剥いて失神いたしました。……あら、清々しましたわ。


 天使の放つ神聖な圧力に、アラリック様ですら剣の柄を握り締め、膝を震わせています。

 ですが、わたくしは、紅茶を一口啜り、ゆっくりと筆を置きました。


「……あら。……アポイントメントもなしに、人の仕事場プロパティに押し入るなんて。……神域の教育体制はどうなっているのかしら?」


 わたくしが平然と声をかけると、天使の天秤の紋章が、微かに揺れました。


「……不遜な人間よ。我が威光の前に跪くことも忘れたか。……貴様の命もまた、債務の対象である」


「跪く? ……ふふ。……鑑定アプレイザル。……判定、物理攻撃無効。精神汚染・中。……実体を持たない『概念的な債権回収ボット』といったところかしら」


 わたくしは扇子を広げ、冷ややかな視線で天使を見上げました。


「徴収官様。……貴方の提示した『寿命の回収』。……わたくしは、アストレア公爵家の現当主として、その執行に対する『異議申し立て』を正式に受理いたしました。……理由は、契約内容の『透明性の欠如』、および『過剰な金利設定』ですわ」


「……何だと?」


「そもそも、ルーンガルド王家が借りていた魔力。……これ、母が遺した『世界の根抵当権』の証書によれば、供給源は神域ではなく、この大地のマナそのものですわ。……神域はただ、その配管パイプラインを管理していただけに過ぎない。……つまり、貴方がたは中抜き業者としての手数料を、寿命という名の暴利で請求している。……これは明白な『優越的地位の濫用』ですわよ?」


 わたくしの言葉と共に、手元の『創世盟約』の証書が白銀の光を放ちました。

 天使の放つ威圧が、わたくしのデスクに届く直前で、パリンとガラスのように砕け散ります。


「な……なぜだ。人の子が、世界の理を否定するというのか」


「否定はいたしません。……『整理』をすると言っているのです。……徴収官様。……このまま強硬執行をなさるなら、わたくしは現在管理している『マナの根抵当権』を行使し、神域へのエネルギー供給を遮断いたします。……神様も、魔力がなければただの『虚像』に過ぎませんわよね?」


 沈黙。

 広間を支配していた絶対的な恐怖が、困惑へと変わりました。

 天使の天秤が、激しく揺れ動いています。


「……では、交渉を望むというのか。……卑しき人間が、全能の神と」


「ええ。……ビジネスの基本ですわ。……さて、お互い無駄なコストをかけたくありませんもの。……交渉のテーブルに着いていただけますかしら? ……あ、お茶は出せませんので、あしからず。……貴方には、味覚という名の『資産』は実装されていないようですから」


 わたくしは、不敵に微笑みました。

 たとえ相手が神であろうと、帳簿の不備を突かれれば、それはただの「交渉相手」に過ぎません。


 ですが、天使は再び天秤を静止させ、その無機質な声を響かせました。


「……よかろう。……ただし、交渉の担保を求める。……ルーンガルドの命では足りぬ。……交渉の決裂時、貴様自身の『魂の所有権』を神域へ譲渡せよ。……それが、神の座に着くための入場料だ」


 あら。……わたくしの魂、ですか。

 

「……オーナー、承諾してはなりません! そんな契約、あまりにリスクが……!」


 アラリック様が叫びますが、わたくしは扇子でそれを制しました。


「……ふふ。……わたくしの魂、いくらで鑑定なさるのかしら。……面白いわ。……その条件、謹んで承諾いたします。……ただし、わたくしが勝った暁には……神域の『会計帳簿』、すべて開示していただきますわよ?」


 さあ。……期限まで、あと一週間。

 神様を自己破産させるための、世紀の商談の始まりですわ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

神の徴収官相手に「中抜き業者」と言い放つセラフィナ様……。

「神はパイプラインの管理人に過ぎない」という冷徹なロジック、痺れますわね。


ですが、交換条件はセラフィナ様自身の魂。

この商談に失敗すれば、わたくしたちのオーナーが消えてしまいます……!

次回、**「神の帳簿、粉飾決済の疑いあり」**。

セラフィナ様が暴く、神域五〇〇年の「嘘」とは?


「セラフィナ様の魂は誰にも渡さない!」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマークをお願いいたします。

皆様の応援が、彼女の魂を守る最強の「防衛資金」になりますのよ!

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