第19話:秘匿金庫の中身は、神への「未払い血税」でしたわ
「……はあ、はあ……。ここです。ここが、父上が……歴代の王だけが立ち入りを許された、最深部の保管庫です」
カビ臭い地下通路。松明の炎が、湿った壁を不気味に照らし出しています。
先頭を歩くジュリアンは、泥に汚れた麻服の袖で鼻を拭いながら、その手に握られた銀の鍵を、まるで唯一の救いであるかのように強く握りしめていました。
「……随分と、風通しの悪い金庫ですわね」
わたくしは、埃を避けるように扇子を広げ、アラリック様のエスコートを受けながら、その重苦しい扉の前に立ちました。
扉には、王家の紋章を囲むように、禍々しい術式の鎖が何重にも絡みついています。
「セラフィナ。……ここに、ここにもし、先祖が隠した莫大な金貨があれば……僕は、僕は君に借金を返せる。……また、王子に戻れるんだ!」
ジュリアンの瞳には、狂気にも似た期待が宿っていました。
借金を返せば、この地獄の社畜生活から解放される。また贅沢なワインを飲み、聖女を侍らせる生活に戻れる。……そんな、鑑定価値ゼロの妄想。
「……ふふ。……よろしいわ。……さあ、その『希望』という名の鍵を、差し込んでみたらどうかしら?」
ジュリアンが震える手で鍵を鍵穴に差し込み、回しました。
ガチリ、という重い金属音が響きましたが……扉は動きません。術式の鎖が、激しく火花を散らして拒絶の光を放っています。
「な……なぜだ! 鍵はあるのに、開かない! どうしてだ!」
「……オーナー。この扉、魔力による『認証代金』が不足しているようです。……維持費を払っていないせいで、防犯システムが暴走していますね」
アラリック様が、無感情にその光る鎖を見つめました。
わたくしは、ため息をつきました。
「……やれやれ。……メンテナンスも行き届いていないなんて。……アラリック。……その扉、わたくしの『所有権』で強制解錠してくださる?」
「御意」
アラリック様が剣を引き抜き、魔力を込めた一撃を放ちました。
王家の魔力でしか開かないはずの扉が、帝国の暴力的な物理によって、木っ端微塵に粉砕されました。
爆風と共に、ジュリアンが「ひぃっ!」と情けない声を上げて転がります。
煙が晴れた先、金庫の中身が露わになりました。
黄金の輝きを期待して目を輝かせたジュリアンが、次の瞬間、絶叫しました。
「……な、なんだ、これ……! 金貨は!? 宝石はどこだ! 嘘だ、紙切れしかないなんて……!」
そこにあったのは、山のような金銀財宝ではありませんでした。
ただ、一つの台座の上に、黒い革表紙の分厚い『台帳』が置かれているだけ。
わたくしは、膝をついて絶望するジュリアンの脇を通り抜け、その台帳を手に取りました。
左目の鑑定眼を最大出力で稼働させます。
「……ふふ。……なるほど、そういうことですのね」
「セ、セラフィナ様……何が、何が書いてあるんですか? お宝の地図ですか!? 隠し鉱山の権利書ですか!?」
縋り付くジュリアンに、わたくしは台帳の最初のページを突きつけました。
「……いいえ。……これは、ルーンガルド王家が五〇〇年間にわたって、世界を司る『神域』に対して積み上げてきた……『血税の滞納明細』ですわ」
「血税の……滞納……?」
「左様。……王家は、この国を繁栄させるための魔力を、神から『貸付』を受けていたのです。……そして、その返済期限は、十年に一度。……王家の血を引く者の『寿命』を支払うことで、利息を納めてきた」
わたくしは、最後の一行を指差しました。
「……ですが、お父様の代で、その支払いが滞っておりますわね。……累積債務、王族五人分の全寿命。……徴収期限は、今月末」
「じ……寿命を……徴収!? そんな、そんなバカな……っ!」
ジュリアンの顔から、一切の血の気が引き、その場に崩れ落ちました。
彼が期待していたのは『資産』でしたが、現実は『最悪の負債』だった。
しかも、それはお金で返せるものではなく、自分の命という名の『担保』そのもの。
「……おめでたいですわね、ジュリアン。……貴方が王子に戻る必要はなくなりましたわ。……今月末には、貴方の『存在価値』そのものが、神によって差し押さえられるのですから」
「あ、あああ……嫌だ、死にたくない! 助けて、助けてくれセラフィナ! 君なら、君なら何とかできるだろう!?」
先ほどまでわたくしを「君」などと呼んでいた不遜な男が、今はわたくしの靴を舐めるようにして泣き叫んでいます。
わたくしは、冷たくその手を扇子で叩き落としました。
「……ふふ。……他人の寿命を管理するなんて、面倒な業務ですこと。……ですが、アラリック。……この『神聖債務』。……わたくしが管理している『世界の根抵当権』を使えば、金利交渉の余地があると思いませんこと?」
「……なるほど。神相手に、デット・エクイティ・スワップ(債務の株式化)を仕掛けるおつもりですか」
アラリック様が、ゾクゾクとするような微笑を浮かべました。
「ええ。……寿命を払えと言うなら、代わりに『この世界そのもの』を担保に入れて、融資条件を書き換えさせて差し上げますわ」
ジュリアンの絶望など、わたくしにとってはただの背景。
わたくしの視線の先には、ついに姿を現した、世界最大の『不当な徴収者』――神という名の、巨大な不良債権者の影が見えていました。
ふふ……。
神様。……わたくしの資産を、勝手に差し押さえようなて。
……高くつきますわよ?」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
金庫の中身は「寿命の滞納明細」……。
王家が代々隠してきたのは、世界で最も重い「未払い金」でしたわ。
ジュリアン様、またしても絶望。彼のメンタル、そろそろデフォルト(債務不履行)寸前ですわね。
さて、次回。徴収期限まで、あと一週間。
セラフィナ様が、神という名の「取立人」を呼び出し、前代未聞の「金利引き下げ交渉」を開始いたします。
果たして、神の理はセラフィナ様の帳簿に勝てるのか……?
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