第16話:新しいオーナーの、優雅なる朝食
ルーンガルド王城の最上階、朝焼けが一望できるバルコニー。
白磁のティーカップから立ち上るダージリンの香りが、澄んだ空気と混ざり合い、最高に贅沢な目覚めを演出してくれますわ。
「……ふふ。空気が美味しいですわね、アラリック。……この空気が『わたくしの所有物』だと思うと、なおさらですわ」
「同感です、オーナー。……昨夜、王国の全不動産および魔導インフラの登記変更が完了しました。……今や、この国で貴女の許可なく呼吸をする者は、潜在的な債務者と言っても過言ではない」
向かい側に座るアラリック様が、銀のナイフで完璧な焼き加減の厚切りベーコンを切り分けながら、淡々と告げます。
彼は皇帝としての職務を部下に任せ、現在は『セラフィナ様の筆頭管財人』としてこの城に居座っておりますの。……いえ、彼自身が「わたくしの資産」ですもの、当然の権利ですわね。
「さて。……わたくしの『新入社員』たちは、元気に朝の挨拶をしているかしら?」
「ええ。……騎士たちが地下の食堂へ案内したところです。……見に行かれますか?」
「ええ、もちろん。……福利厚生の確認は、経営者の義務ですもの」
わたくしは扇子を手に取り、優雅に立ち上がりました。
城の地下、かつては下級使用人たちが使っていた簡素な食堂。
そこには、昨夜までの栄華を剥ぎ取られた三人の男女が、呆然と並んで座っていました。
元国王、エドワード様。
元第一王子、ジュリアン様。
そして、元聖女、シャーリー様。
三人の前には、銀の食器も、最高級のクロワッサンもございません。
置かれているのは、木の器に入った薄い麦粥と、一切れの硬い黒パン。……それと、おまけの塩。
「な……なんだ、これは! こんな家畜の餌が食べられるか! 私は王だぞ!」
エドワード様が、震える手で木の匙を叩きつけました。
わたくしは、カツカツとヒールの音を響かせて、その汚れた食卓へ近づきました。
「あら、ご不満かしら? ……エドワード様。……その麦粥一杯の原価、ご存知?」
「原価……? 知るか、そんなもの!」
「一二ギルですわ。……それに対し、貴方がたが昨夜から今朝までに出した利益は……零。……本来であれば、利益を出さない不良資産に食事を与える必要はないのですが、わたくしは慈悲深いので、特別に『前借り』として提供して差し上げていますの」
わたくしは、侍女に用意させた三枚の『就業規則』を、彼らの前に並べました。
「今日から、貴方がたは『アストレア不動産・ルーンガルド管理支部』の非正規社員ですわ。……主な業務は、城内の清掃、および過去の不明瞭な支出記録のデータ化。……時給は、最低賃金の八〇ギルです」
「八、八十ギル……!? そんな小銭で、何ができるというのだ!」
ジュリアン様が、血走った目でわたくしを睨みます。
わたくしは、扇子の隙間から最高に冷ややかな視線を返しました。
「その『小銭』さえ、昨夜までの貴方には稼ぐ能力がなかったことをお忘れなく。……ちなみに、今の朝食代一二ギルは、給与から天引きさせていただきますわね。……あ、シャーリー様の医療費……昨夜の闇魔法の後遺症による魔力点滴ですが、こちらは一回三〇〇〇ギルですわ」
「三、三千……っ!? そんなの、一日働いても足りないじゃない!」
枯れ果てた髪を振り乱し、シャーリー様が悲鳴を上げます。
「ええ。……ですので、不足分は『利息』として積み立てさせていただきますわ。……死ぬまで、いえ、死んでも働き続けて返していただく契約ですので、どうぞご安心を」
三人が絶望に顔を歪ませ、目の前の麦粥を……生き延びるために、屈辱に震えながら啜り始めました。
かつて王族として、民の税金を湯水のように使っていた彼らが、今や一杯の一二ギルに縋っている。
この光景、どんな名画よりも鑑賞価値がございますわね。
「……セラフィナ。……私は、お前の父だぞ。……少しは、情というものはないのか……」
エドワード様が、涙混じりに麦粥を飲み込みながら呟きます。
わたくしは、その言葉を鑑定眼で一瞬で切り捨てました。
「情、ですの? ……あいにくですが、わたくしの帳簿に『情』という名の特別損失を計上する余裕はございません。……お父様。……貴方がわたくしにくださった唯一の『教育』は、無能は切り捨て、有能は搾取せよ、という冷酷な現実だけでしたわ」
わたくしは、彼らにはもう用はないとばかりに、背を向けました。
「……さて、アラリック。……次は、王都の商連盟の皆様にご挨拶に行かなくては。……どうやら、わたくしが国を買い取ったことを聞きつけて、不当な『負債の肩代わり』を要求しに集まっているようですわよ?」
「……ハイエナ共ですか。……一匹残らず、逆債務整理をして差し上げましょう」
アラリック様が、わたくしのエスコートのために手を差し出します。
わたくしは、その手を取り、優雅に地下食堂を後にしました。
ルーンガルド王国の買収は、あくまで序章。
これからは、大陸全土という名の巨大な市場を、わたくしの色に染め上げて差し上げますわ。
ふふ……。
さあ、新しいビジネス……いえ、新しい『徴収』の時間ですわ!
お読みいただき、ありがとうございます!
第2章、開幕です。
王族の皆様が「一杯12ギルの麦粥」を啜る姿……これぞ、わたくしが求めていた「健康的な朝の風景」ですわ。
さて、次回。セラフィナ様の前に立ちはだかるのは、強欲な商人たちの集まり「大陸商連盟」。
「王家の借金を肩代わりしろ」と迫る彼らに、セラフィナ様が突きつける「逆・違約金」とは?
そして、事務員となったジュリアン様、初めての「在庫管理」で地獄を見ます。
「没落王族の社畜生活、もっと見たい!」と思ってくださった方は、ぜひ評価やブックマークをお願いいたします。
皆様の応援が、わたくしの物語という名の「時価総額」を爆上げしてくれますのよ!




