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天狗 ~神眠る森~  作者: 東雲 景惚
怒涛邁進
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97/100

晴天の霹靂〜火中の栗②〜

 朝、起きてから窓の外を確認するのが日課になった。無機質な街並みを見て、ここがやっぱり鬢胡なのだと確認する。夢な理由がない。鬢胡に滞在して既に一ヶ月…。

 彩色に溢れた結城本山から見るアズマの様子とはかけ離れた様子に不安もあるが安堵もある。

 ここにいれば、安全が確保できるまで食客かたちではいる。城の中は自由があるし特に不便もない。というか、何もすることがない。

 

 末姫が連れ去られたあとは、正直鬢胡の戦闘態勢に慄き、どうしていいのか分からずにいた。国に帰り末姫の捜索に当たるため「帰ります」と言いたかったが気迫に押され言えなかった。そうこうしていて過ぎていく月日だった。しかし半月少し過ぎた頃、結城で末姫が保護されたという話を伝え聞いた。

これがチャンスと無事を確認に帰りたいことを恐怖を抱えながら、皇帝に伝えたところ、

「友好を継続するため、今しばらくお残りいただきたい。」

と圧をかけられた。笑顔であったが、まったく目は笑っていなかった。獣のような荒々しさというものを持ち合わせていない王太子は、一も二もなく了解した。そう、食客という名の人質となったのだ。


 ここは三食昼寝付きで誰も王太子の行動を気にも留めない。ただ美しい人形が歩いているとでも思っているのだろうか。来た当初は、ざわついていたが鬢胡の美的センスは容姿より武力であるため次第に興味を失われていった。だが、それが王太子にはこれ以上ないくらい新鮮であった。ここは、自分に何も求めないし誰も期待しない。しかしぞんざいに扱われるわけではない。こんな幸せが今まであっただろうか。


 周囲から二人の優秀な姉との無言の比較、王太子なのだからというプレッシャー、結城では涼しげに笑ってはいるもののいつも「無能な王太子」と思われていると感じていたところがある。それでも、たった一人の王子としての責務に、自分のキャパではどうにもならないくらい立ち向かってきた。

 しかし、今は他国の王子、攫われた花嫁の兄、人質という肩書はあれど誰も何も求めない。期待もしない。こんなことがあるのだろうか。


 このバルガンの宮殿で王太子が気に入っている場所があった。それは、庭園である。無機質な風景の中、ここだけ色とりどりの花が育てられ華やかである。色のない世界に安堵しつつも、色づいたこの庭園に惹かれてしまうのは、やはり性なのかもしれないと思いつつも、庭園を歩くのが日課となっていた。


 そして、ここのガゼボでゆっくりと庭園を眺めるうち、庭園仲間ができた。末姫の結婚相手皇太子カルロスの妹姫に当たるセレーナであった。

 彼女は、皇帝の亡き正妃皇太子妃の娘ではなく、何人もいる側妃の中でも低い位の母から生まれているらしい。婚礼の会場では、第一皇女なのに並びはかなり後ろのほうで、ガゼボで声をかけられたとき皇女と言われても思い出すのがやっとであった。

 ガゼボで何日も会うようになり、「セレーナ」という名前が月にかかわる名前であることに驚いて、名前が一緒であると伝えると、顔を赤らめて喜んでいた。

 この国の御子はもちろん皇室からも年間割当金があるが、母方の家からの援助を受けて育つ場合が多い。セレーナは、母の出が低いため学を付けてもらえなかったことにコンプレックスがあるようであったが、王太子は自分がわかることをすごいすごいと目を輝かせて聞くセレーナを可愛らしいと思った。2人いる妹にもこんなふうに感動してもらえることはなかったように思う。あの2人にいつもすごいと褒めるのは王太子のほうだった。

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