巷説喧騒〜歪んだ憧憬⑤〜
ヒロマサは目の前に現れたこの美しい女性に心当たりがあった。彪比古の妻…。仲姫の妹の三姫であろう。なんとなく仲姫に似ていなくもないなとヒロマサは思った。美しい御髪を既婚者のためまとめ上げた髪型をしているが、大きな瞳でいつもヒロマサの後をついてきていた仲姫を思い出させた。
「お姉様が剣術を習っていた方ですよね?一度お会いしたかったのです。」
そう言うと侍女がお茶を出す。
「お姉様は、あの頃からずっととても凛々しくて…私の憧れなのです。」
はにかんでそう三姫は言う。
ヒロマサは、何故夫に用があると言って来ている自分に夫である彪比古の話ではなく、姉の話ばかりするのかよくわからなかったが、とにかく仲姫のことを尊敬しているらしいということだけは分かった。お茶を遠慮しながら飲むヒロマサはピタッと止まり、
「あの頃から…というと、御寮人様はおひい…いや姉君と今も親交があるのですか。」
と尋ねた。
10年前の事件以来、表舞台には全く出てこず、交流を遮断して竜見の城に隠居しているという噂の教え子を心配しない日はなかった。
その問いかけに、はっとうっかり口が滑ったという顔をした三姫は、
「えぇ…そう、つい最近またお会いする機会があって…」
と言葉を選んで話し始めたため、今まで一方的に話していたのにしどろもどろになり、気まずい雰囲気になったため、とにかく伝言を渡してほしいと言い残し、ヒロマサは公爵邸を後にした。
翌日からヒロマサは「古都」が開店する時間からずっと彪比古を待つことにした。いつもなら本山の見える特等席に座るヒロマサだったが、女将に人を待つと言って、あまり馴染み客が入ってこない奥のほうに席を構えることにした。忙しい小公爵だからきっとすぐには来るはずがないと思い、何日待とうか…などと考えていると、意外なほど早く夕暮れ時に彪比古がやってきた。走ってきたのか息が上がっていたが、女将が彪比古を覚えていて納得したのか奥へと案内してくれた。
昨日本山の屋敷に帰ると、公爵夫人の用事でアズマの屋敷に行っていた三姫が戻ってきており、伝言を渡してくれたのだという。随分と律儀な御内儀だなと感心していると、
「彼女は、師匠に失礼な態度をとってしまっていたかもしれないと反省していました。」
と苦笑いしながら彪比古は女将が持ってきた珈琲を飲んだ。
さほど失礼な態度を取られた気もしない。そもそも王族の人間に会うのなんて、異端児とっていい仲姫以外であったことがない。むしろ気さくで王族にしては愛くるしいタイプの人ではなかっただろうか…。
「姉思いの良いこじゃないか。大事にしなくてはな。」
その言葉に、さらに居心地が悪いのか頭を搔きながら
「姉…思いね…」
何か含みのある言い方だとは思ったが、本題に入った。
この一連の末姫の事件について、仲姫の時にはほとんど機密として外部に出なかった情報が流出しすぎている話を彪比古にした。
彪比古は、末姫のことがアズマにこれほど知れ渡っていることを知らなかったため、驚き腕組を始めた。
「師匠…確かに変ですね。しかも彼女はすでに見つかって保護されています。そのことは漏れていないのですか。」
と言うとヒロマサは目を見開き
「それは本当か!!」
と大きな声出して立ち上がったが、すぐに咳払いをして座りなおした。
「でも、そのことは巷には流れてないが…」
「ごく少人数にしか知られていないことです。師匠だから話しているのですから。」
と二人はさらに声を潜めて話をする。
「つまり…」
ヒロマサは、話をつづけた。
「攫われたことは知っているが、その後どうなったかを知らない人物がこの噂を流しているということか。」
彪比古も頷いた。
「確証はありませんが…彼女をさらった一味の思惑かもしれないですね」




